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逸話だらけの映像記録と編集の歴史小寺信良の現象試考(2/3 ページ)

» 2008年11月10日 10時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]

テープをつなぐ時代

 VTRの発明は、意外に古い。1950年代半ばにはすでに米アンペックス(AMPEX)が2インチVTRの開発に成功、実用化している。当時のビデオテープは、幅が2インチだったので、のちにそう呼ばれるようになった。

 巨大なオープンリールタイプで、マシン全体としては和ダンスぐらいのサイズを想像していただければ間違いないだろう。筆者が業界に入ったときはすでにメインではなかったが、ライブラリにはまだ素材があったので、時々使っていた。

photo AMPEXの2インチVTR

 初期のVTR編集は、ビデオテープを直接切ったりはったりしていた。この話をすると、ちょっとビデオに詳しいアマチュアは必ず「ウソつけ」という。だが、本当のことである。なぜそんなことが可能かと言えば、2インチVTRは1インチVTR以降主流となったヘリカルスキャンではなく、筒型のヘッドがテープの進行方向に対して直角にスキャンする、トランスバーススキャンであったからである。

 トランスバーススキャンの場合、1フィールドの映像は16本の縦筋となる。フレーム単位では、32本。ヘッドが通過した位置、すなわち映像を記録したトラックの位置は、特殊な薬品をテープの磁性体に塗ることで浮き上がってくる。

 これを拡大鏡で見ながら、トラックとトラックの間をカッターで切断するわけである。2カットをつなぐわけだから、前カットの終わりと、次カットの頭を同じ方法でカットし、スプライシングテープでつなぐ。しかもフレーム単位で上手くつなぐためには、映像の変わり目同士でつながらなくてはならないので、その確立は1/32×1/32=1/1024になる。

 再生してみて間違っていれば、トラックの切断をやり直す。といっても2インチVTRはスロー再生もできないし、停止している間は絵が出ないので、リアルタイム再生でカット替わりが乱れる様子を見て、あと何トラックカットするかを見分けなければならない。もちろん、1本しかないオリジナル収録テープをつなぐので、ものすごく慎重な作業が必要となる。そのかわり、素材そのままを放送するので、画質劣化はない。TBSの人気ドラマシリーズであった「木下恵介アワー」は、このスプライシング手法で編集されていたという。

 昔TBSにはこの2インチ編集の名人がいて、ほかのトラックとの整合性を見ながら、かなりの確率で上手くつないでみせた。一発でつながったときは、後ろに座っているディレクターとプロデューサーは起立して拍手しないと、機嫌が悪くなったそうである。まあ1/1024の確率を一発で当てるわけだから、それなりの評価は与えられるべきだろう。当時、編集者とは、特殊技能を持った技術者であった。

電子編集の時代

photo 2インチ時代の電子編集機

 ビデオテープのスプライシング編集の時代はそれほど長くは続かなかった。リスクが大きすぎたのである。モーターのサーボ技術、そして映像の同期技術が発達するにつれて、VTR同士でダビングしながら編集するという方法が主流になっていった。「電子編集」と呼ばれる時代に突入する。

 最初は2台のVTRの編集点を合わせ、均等な秒数分巻き戻し、せーのでスタートして録画地点になったところで録画ボタンを押す、といった原始的な方法から始まった。本格的な編集作業は、2つのVTRをリモート制御する「電子編集機」が登場してからだった。

 双方のイン点とアウト点を決めて、あとはEDITというボタンを押せば、自動的にプリロールして編集に入る。今ではまったく当たり前のことだが、編集機の登場によって編集とは、ようやくイスに座ったままでできる仕事になったわけである。

 NHKではその昔、この電子編集のことを「SLE」と言った。「SliceLess Edit」の略である。この名称からも、ハサミを入れない編集システムというのがいかに画期的だったかが分かる。その後はECSという言葉が台頭したが、今でもそうなのだろうか。 こちらの語源を確認したことはないが、おそらく「Electric Cutting System」あたりだろう。

 2インチ時代初期に制作された番組は、ほとんどのものがアーカイブに残っていない。それは2インチテープが高価だったからである。当時を知る人の話によれば、1970年代当時、AMPEX製の輸入60分テープが1本60万円したというから、今の感覚では100万円を軽く超えるだろう。

 従ってオンエアテープは20回から30回と、上書きして繰り返し使うものであった。リライタブルメディアだからこそ、ランニングコストが下げられたわけである。NHKアーカイブスにも「ひょっこりひょうたん島」のような名作が数えるほどしか残っていないのは、上書きして消してしまっているからだ。現在残っている映像は、当時珍しかった家庭用オープンリール型VTRを使って一般の方が録画したものが寄贈されたものだそうである。

photo 1965年に家庭用VTRとして売り出されたソニー「CV-2000」

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