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逸話だらけの映像記録と編集の歴史小寺信良の現象試考(3/3 ページ)

» 2008年11月10日 10時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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1インチVTRの時代

 2インチVTRはその後、旅行用トランクぐらいまで小型化されたが、それでもテープが大きいのと録画・再生時の調整が難しいのが難点であった。比較的簡単な再生調整でも、特殊なパターンが記録されたテープをかけて、4つのヘッドの特性を調整しなければならなかった。

 もっとも、調整が可能と言うことでいい面もあった。AMPEX製2インチVTRでは、同じモデルであればヘッドユニットをがばっと取り外して、別のVTRに付け替えることができた。調子悪いなと思ったら、別のVTRからヘッド部を奪ってくればいいのである。しかしまあ、テープとヘッド間のギャップを均一に保つために、テープをバキュームで吸い付けておかなければならず、まあ大変に大がかりな代物であった。

 1971年に実用化されたUマチックは、当初家庭用として売り出された。しかしテープがカセット型で小型かつ、耐久性も高かったこともあって、のちに業務用として使われることとなる。カメラとビデオデッキがケーブルでつがった状態だが、バッテリー駆動で取材することもできた。ENG(Electric News Gathering)という言葉は、Uマチックが生み出したものである。

 しかしながら、Uマチックのテープをそのまま編集するというシステムは、あまりモノにならなかった。オフライン編集では使われたものの、同じところを何度もスキャンするハードな編集では、テープの磁性体や走行系に不安があった。編集でもっとも大きかったのは、絵を出しながら早送りや巻き戻しをしたときの速度が遅かったことである。筆者の記憶では、業務用のBVU-200では最大で2倍速ぐらいしかでなかったように思う。

photo ソニーの業務用Uマチックデッキ「BVU-200」

 それを変えたのが、77年に国際規格「SMPTEヘリカルスキャン1インチVTR・タイプCフォーマット」として登場した、1インチVTRである。ヘリカルスキャン方式の回転ヘッドでは、1つのヘッドが1トラック内に1枚の絵を書ききってしまう。従ってテープが止まった状態でも、静止画の映像を出力することができた。絵を出しながらの早送り、巻き戻しは、30〜50倍速ぐらいまで可能であった。

photo ソニーの初代1インチVTR「BVH-1000」

 またヘッドの位置を微妙に動かすことで、バリアブルスピードでの再生が可能になった。AMPEXではAST、ソニーでDTと呼んでいたこの機能により、電子編集は大きな表現力を手に入れることができた。1インチVTRのシェアは、一時期AMPEXとソニーが二分したが、次第にソニーが優勢となっていった。その要因は、ソニー機のほうがモーターのサーボ制御が優れていたからである。

 1インチVTRは、編集用だけでなく、放送用OAテープや、番組交換フォーマット、映画のセルビデオのマスターとしても使われていった。従ってリールサイズにさまざまなバリエーションが出てくる。CM用には6分リールというのもあったし、映画用として3時間リールも登場した。

 それだけテープの長さが違うと、50倍速ぐらいでブン回したときの慣性モーメントがものすごく違う。編集中には全力で早送りしておいていきなり再生モードに入るなどということを平気で繰り返すわけだから、うまくリールサーボを制御しないと、テープがヘッドに巻き込まれたり切れたりしてしまう。ソニーは2世代目の「BVH-2000」からは強力なサーボモータで、それらの慣性モーメントをうまく制御した。

 一方でAMPEXの初代モデル「VPR-2」や「VPR-2B」では、小型リールをかけるときは「スタビライザー」という円盤状の重りを付けなければならなかった。逆に3時間リールをかけるためには、本体の横幅を広げるという大改造が必要であった。のちに強力なバックテンションをかけて制御する「VPR-3」が登場したが、その強すぎるバックテンションのあまりテープが切れるという事故が散見されるようになり、AMPEXの1インチVTRは次第に敬遠されていった。

 ベータカムが登場し、ENGだけでなく番組制作を大きく変えていくのは、まだ後のことである。ここまでもマイナーなモデルの話はずいぶん削ったのだが、おもしろい話はまだいくらでもある。編集という視点で見た映像機器の歴史というのは、 まだ体系的にまとめている人や事業者は見あたらない分野である。また機会があれば、思い出話をしよう。

 資料提供:アンペックスジャパン(株)、ソニー(株)

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は小寺氏と津田大介氏がさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社) amazonで購入)。

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