フォステクスの「HP-V1」は、前出の2モデルとは若干自出が異なる。前2機種がホームでの活用を前提にしているのに対し、フォステクスの「HP-V1」はポータブルでの使用を前提に作られているからだ。サイズは「FABRIZIOLO EX」より大きいが、持ち運びに困るほどではない。
そしてもう1つ、このモデルの大きな特徴はその真空管である。1950年代、まだトランジスタラジオが誕生する前、電池で動く真空管が開発された。屋外でもラジオを聴きたいというニーズに応えるため、低電圧で動作する真空管が作られたのである。もっとも当時は電池がとても高価でそれほど普及はしなかったようだ。わが家にも1台あったが、どこのブランドだったのかまでは覚えていない。それよりその後に父が買ってきた三菱電機製のトランジスタラジオの方がはるかにインパクトがあった。小さいくせに長波、中波、短波の切替付きで外部アンテナをつなげば、海外の放送まで受信できたことにも驚いた。
電池管はトランジスタが普及するまでのわずかな時間を楽しいものにしてくれたが、その用途が限られていたので、自然に消滅したのである。ところがHP-V1には双三極管仕様の「6N-16B」という中国製の電池管が使われている。今となってはこうした製品でしか使い道がないはずなのに見事によみがえっていたのである。
しかしながらHP-V1で注目すべきは、真空管よりその真空管の動作を支えるバッテリーだ。電池管といえども真空管はヒータを発熱させることで電子を放出する。そのためには長時間の動作を支える電源が必須であり、リチウムイオン電池の選択は10時間の使用を実現するための必要十分条件だったわけである。
ところがここからが苦悩の連続だったという。そうした設計を行ったため、何度も安全規格取得のために監督官庁に足を運ぶことになったのである。発売が当初のスケジュールより大きくずれ込んでしまったのもそのためだ。そこまでしてポータブル型に挑戦したエンジニア魂に感心させられてしまうが、それにしても電池管を採り入れるなんて随分とマニアックな製品である。
試聴にはジョン・フォガティの最新アルバム「ロート・ア・ソング・フォー・エブリワン」から「フール・ストップ・ザレイン」を使った。久々におじさんソフトの登場だが、このアルバムはジョン・フォガティのソロ9作目となるセルフ・カバー作品でCCR時代にヒットした名曲がずらりと並ぶ。「フール・ストップ・ザレイン」はオリジナルアルバム「コスモス・ファクトリー」からの曲だが、ボブ・シーガーとのデュエットというのも泣かせる。
オーディオテクニカの「AT-HA22TUBE」は、プロテクターがあるので真空管のほのかな灯りは、おしるし程度にしか漏れてこないが、ソケットにオレンジのLEDが仕込んであるのでこれが明るい光を放っている。この曲は珍しくフェード・インで始まり、アコースティックギターの音色とボーカルに付けられたリバーブがきれいに響く。それだけにSN感が悪いと透明感が出てこないが、このモデルはすっきりした表情を持ちながらも軽快なサウンドで落ち着きのある2人のボーカルを聴かせるしベースラインがしっかりしているので心地よい。
キャロット・ワンの「FABRIZIOLO EX」は、エルネストーロ同様真空管のソケット中央部に配されたブルーのLEDが妖しく輝く。本体が小さいだけに真空管の存在が一際目立つが、サウンドも同様に目鼻立ちのしっかりした明るい表情が印象的だ。前作をリファインした効果が一層の明快さを引き出しているといってもよい。ボブ・シーガーとジョン・フォガティの声の違いも良く引き出す。
フォステクスの「HP-V1」はポータブル型だけに真空管はシャーシ内部に収められているので、フロントに設けられたスリットからしかその存在は確認できないが、コンパクトなボディに似合わない伸びやかで丁寧な表現力に感心させられる。ボーカルのニュアンスも豊かだし空間の描き出しも大きい。
冒頭でも触れたが、真空管は面倒くさいデバイスである。トランジスタと違ってヒータを熱しないと電子が飛ばないからだ。プレートにかける電圧は低くても発熱するし寿命がある。にもかかわらず使ってみたくなるのは、そこに人間臭い営みがあるのだからだと思う。
フォステクスの製品には真空管時代を経験したスタッフが開発に携わっているが、オーディオテクニカもキャロット・ワンもポスト真空管世代のスタッフによって作られているということは、このデバイスには目に見えない魅力が潜んでいるということだ。いずれのモデルも長時間使っていると相応に温かくなる。これも真空管ならではの特性だが、その温かさが音の温度感と無関係ではなさそうだ。
もっとも3モデルとも真空管が総てを支配するのではなく、総合的なまとめ方が音になって現れるから、柔らかくてほんわりとしたイメージを描いていると肩透かしを食う。真空管は使い方次第でフレッシュなサウンドを奏でることができるし、そうした部分に面白味があるとぼくは思っている。ここで取り上げたヘッドフォンアンプはいずれ期待に違わぬ再現力を備えているので、ぜひとも新しい音を発見する喜びを体験していただきたい。
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