ここで、電卓の開発がコンピュータ(電子計算機)にどのように貢献したかを見てみたい。
計算機(器)では、計算結果などの数字を表示する必要がある。特に電気式になってからの表示部の変遷はめまぐるしい。ニキシー管、蛍光表示管、液晶、フィルムLCDと進歩するにつれ、消費電力も激減。写真は蛍光表示管だけでもこれだけの変遷があったことを示すものだ。
進歩していく計算機を語る上で欠かせないのが計算の役割を担っている「素子」の開発。真空管、トランジスタ、ICチップ、LSI――開発とともに小型化も進んでいった。「コンピュータは、計算機の開発がなかったら生まれていなかっただろう」と説明員。そのマイルストーン的な役割を果たしたのが、国内で生産されたビジコン「141-PF」で、これは世界初のICチップ「i4004(Intel4004)」を内蔵した電卓だった。ICチップにはトランジスタ、半導体、コンデンサーを搭載しているため、141-PFの登場はコンピュータへの道につながっただけでなく、電卓の小型化にも大いに貢献。さらに、電卓の生産台数と比例して集積回路の生産金額も増加したことから、電卓は日本の半導体産業を育てたともいえる。
会社のデスク、台所のテーブル、宝飾店のカウンターなど、どこででも見られる電卓が現在のような形になるまで、いかに先人たちが知恵を絞ってきたかを垣間見ることのできた今回の近代科学資料館への訪問。小石、わら、計算尺を使って「計算せよ」と言われても、その方法を覚えるだけで大変そうだ。今のような電卓があって良かった、とそのありがたみを実感できた。
しかし、身近にある電卓にも意外な使い方やトリビアがあるという。再び訪れた樫尾俊雄発明記念館での様子を後編でお届けしたい。
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