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2015年を総括! 恒例「麻倉怜士のデジタルトップ10」(後編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(3/4 ページ)

» 2015年12月31日 06時00分 公開
[天野透ITmedia]

第2位 ビートルズ「1プラス」

麻倉氏:さてここでひとつ謎かけをしましょう。ビートルズ「1プラス」と掛けて「ディズニー」と解きます。

――その心は?

麻倉氏:「いつの時代もリニューアルと、永遠の若返りを繰り返す」。

――これはまた面白い答えが返ってきました

麻倉氏:ディズニーのクラシックアニメは世代作戦なのです。親と一緒に見て楽しんだアニメ作品は、自分たちが親になると子供にも観せたい。その時に、かつてのクオリティがデジタルの修復、リマスターを経て、昔に体験したクオリティがより向上する(正確には編集直後のフィルムの状態に近づく)という流れが起こります。このようにディズニーのアニメ作品は永遠に若返りを繰り返すのです。

 ビートルズのヒットチャート1位の曲ばかり集めたコンピレーションアルバム「1」の再製作版である「1プラス」を試写会で観て、聴いた時、「これって、ディズニー・アニメのやり方じゃないか」と痛感しましたね。もの凄く“若返えった”んですよ。

――ビートルズといえば、今年の春にポール・マッカトニーが来日し、「半世紀ぶりに日本武道館の舞台に立つ」と話題になりましたね。今でも精力的に活動するポールですが、写真を見ると、流石にもう70代だなあという気がします

麻倉氏:JALのはっぴをまとって4人がタラップを降り、国賓級の扱いを受けて来日した年からもう半世紀になりますか、早いものですね。さて、ビートルズ「1」は日本で320万枚売れ、「2000年代に最も売れたアルバム」と呼ばれるビートルズのヒットチャート1位のベスト盤です。今回の「1プラス」は27曲のビデオ/フィルムのクリップ映像とともに再登場しました。まず音にビックリですね。2009年に全作品のリマスターが出た時も「なんて良くなったのだろう」と、それまでのCDと比較して驚きましたが、今度のリマスター(NEWSTEREO版)は、音調がまるで違います。2009年版は2ch音場に広く音像が分布していますが、NEWSTEREOはセンターへの凝縮感が実に凄いです。分厚い音の塊が中央に定位し、そこで歌われる声のこってりとして肉付きの豊かなこと、豊かなこと。鮮度がひじょうに高く、空気を鋭く引き裂いてゆきます。

 あれほど素晴らしいと思っていた2009年版は確かに上質ですが、今回と比較すると音の薄さやボリューム感の淡さが気になります。2009年版は2chマスターをリマスターしたものだが、今回はさらに遡って2/4/8chの素材音源からリミックス、マスタリングしたそうで、これが非常に音に効いています。

世代を超えて愛され、音楽史に残るブリティッシュロックバンドであるビートルズの楽曲のうち、ヒットチャート第1位のみを集めたベストアルバム「1」が発売されたのは2009年のこと。今回の「1プラス」は、音源はリミックスからやり直し、特典として徹底的にレストアされたBlu-ray Disc 2枚分の映像が付いてくる

麻倉氏:制作はジョージ・マーテインの息子、ジャイルズ・マーティンです。「たまたまラスベガスのLOVE(ビートルズのレビューショー)の音楽制作は、ミックス以前の2/4/8chの素材テープで行っていたので、今回もマルチチャンネルの素材からミックスしようと決めました」とジャイルズは語っています。

――マスタートラックがちゃんと残っているというのは、流石に世界のビートルズといったところでしょうか

麻倉氏:2ch音源を整えるリマスターと異なり、素材から2chマスターを作り直すリミックスというのは、音場、音像、音色の再創造を意味します。プロデュースの真価が問われる訳ですが、今回は音の勢い、太さ、切れ味、明確さ、そして肉厚感に重きを置いた作戦をとったと聞いています。

 クリップ映像もびっくりですね。オリジナル映像は50年以上の年月を経て退色し、キズも加わった状態です。ボケボケで白飛び、黒浮きが多く、色が薄くてノイジーという“どうしようもない状態”なのですが、それが驚くほどのハイコントラストに変身し、肌色がリッチに出ています。特に「ストロベリー・フィールド・フォーエバー」(35mmフィルム)の鮮明なこと。まるで現代の4K撮影のようなクリアさです。

――そこまで酷い状態の映像が、現代の4K撮影のようなクリアさとは、ミッキーを呼んで魔法でも掛けたのですか、というのは軽い冗談ですが、相当なレストア作業であったことは間違いないですね

麻倉氏:ビートルズ作品はもともと音声、映像共にアナログで収録されているので、今後の技術革新でさらにクオリティが向上する(オリジナルに近づく)可能性が高いでしょう。

 余談ですが、私が音楽論の教鞭を執る津田塾大学の女子学生はビートルズが大好きなんです。今の学生さん達は1990年代後半の生まれなのに「なんでビートルズなの?」と聞くと「親もしくは中高の先生から薦められたから」という答えが返ってきました。技術革新と親の世代の熱意がオールド・コンテンツを蘇らせ、永遠に若返る命を与えており、やはりディズニーとビートルズには意外な共通点があったと強く感じましたね。

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