ITmedia NEWS >

放送を殺す「4K放送コピー禁止」の危険性麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(2/5 ページ)

» 2016年03月07日 14時03分 公開
[天野透ITmedia]

麻倉氏:あくまで「検討中」という段階ですが、最悪その可能性もあり得ますね。T.B.D「検討中」は本来、異例の発表の仕方です。放送規格が定められないと、対応機器も作れないわけですから、異例中の異例です。コピーを禁止したい民放側と、それは絶対に認められないとするメーカー側が激突したまま、どちらも一歩も引かない状態、がっぷりと四つに組んだままの状態が続いているということです。どうしても決められないから、しかたないからT.B.Dにしたのです。でもいつかは決めないとなりません。その時、「運用可能」が決められるのが最悪のパターンです。

――言われてみれば、今回の規格書は「ver1.0」、つまり「正式規格」ですよね。ということは、この規格書に従って行われるものは「試験放送」ではなく「営業放送」という訳ですから、この段階でもまだ「検討中」という表記があること自体がどれほど異例で、いかにこの部分で議論が難航しているかというのがよく分かりますね。

麻倉氏:これまで放送局がコピー禁止を運用できなかったのが、今になって禁止で運用する方向に走っているのには2つの理由があります。1つは供給(コンテンツ)側には「一度コピーされればネットなどで勝手に拡散される」ということに対する危惧があり、この危惧をなくすために録画不可能の条件をつければ、番組調達が容易になるだろう、ということです。つまり「録画を禁止しますから、あなたの大事なプレミアムコンテンツを提供していください」と、コンテンツメーカーに頼みやすいということです。もう1つは、番組の動画共有サイトへの不法アップロードを防ぎたいということです。なぜアップロードできるかというと、録画したメディアから変換するからということで、録画をできなくすれば、アップロード対策として有効だと考えているのです。この2つについては、この審議会の審議内容が公開されていないため、私が独自に取材してつかみました。

――何ですか、それ!? 次世代放送の規格が秘密会議で決まっているだなんて、そんなの絶対おかしいでしょう。

麻倉氏:国民生活に直結するような深刻な問題を勝手に密室で決めてよいのかという問題は非常に大きいですね。前回のダビング10の時は総務省の情報通信審議会で討議され、その内容は遅延なく、公開されていました。しかし、今回の「録画禁止」問題は、放送局とメーカーがNexTV-Fという非公開の場で、討議、検討をしているのです。国民のテレビ生活に極めて大きな影響を与えるであることが明白な問題だからこそ、前回のようにオープンな場で検討されるべきでしょう。

 この件で弁護士さんにも取材しましたが、密室での謀議は「不当な取引制限」を禁じた独占禁止法2条6項に該当するということです。それは「他の事業者と共同して」「相互にその事業活動を拘束し」「一定の取引分野における競争を実質的に制限し」「公共の利益に反していること」が要件ですが、今回の件は見事に当てはまりますね。

――つまり今回の問題は、法的根拠がないどころか、違法の疑いが極めて強いという訳ですね? しかも今の説明をひもといてみると、これって公共事業工事における談合事件とまるっきり同じ構図じゃないですか。これ以上行政不信を招いてどうするんでしょうね、冗談じゃないですよ。

麻倉氏:これは法的、行政的にも非常に問題ですが、録画禁止が国民にとって大変大きな問題である理由はもう1つあります。それは放送と視聴者の間に「放送は録画してタイムシフト視聴ができるもの」という、ベータマックス・VHS以来ずっと続いている当たり前以前の習慣、常識を覆すことです。放送録画というユーザーの権利は、ソニーが1976年から8年間、ユニバーサルスタジオと闘った「ベータマックス事件」で勝ち取られたものです。一連の流れは2007年の著作権文化審議会で資料としてまとめられており、文部科学省のホームページで公開されていますが、簡単に説明すると、当時のおUniversal City Studios, Incがソニー(ソニー・アメリカ)を、VTRでのテレビ番組の録画は著作権侵害であると、訴えました。最終的に最高裁判所は「家庭内の録画はフェアユースに該当し、著作権侵害ではない」と判断し、ソニー(つまりユーザー側)が勝利したというものです。この時から時が経ち、放送録画、つまりタイムシフトはすっかり生活のベースとして定着しています。

 これができないとなると、利便性・文化性・生活性において、ベータ・VHS以前に戻ってしまいます。もう録画できないテレビ生活など考えられませんね。しかもそれほど国民生活に深刻なダメージを与えるような重要な内容が密室内で決められている。これは危険な問題と言わざるを得ません。

――放送は国の運営に大きく影響を及ぼす公共物であるからこそ、放送法や電波法でその運営を厳しく制限されているわけです。今回のやり方というのを見ていると、とてもそのようなものを扱っているようには思えないですよ。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.