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麻倉’s eyeで視る“ブルーレイのアカデミー賞”、第8回ブルーレイ大賞レビュー(後編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(5/7 ページ)

» 2016年04月04日 09時00分 公開
[天野透ITmedia]

ベスト高画質賞・映画部門(邦画) 「くちびるに歌を」

――海外の企画が続いていますが、日本のものはどうでしょうか?

麻倉氏:では次はベスト高画質賞の邦画部門について見てみましょうか。受賞作は五島列島を舞台にした新垣結衣主演の「くちびるに歌を」です。ともかく映像が素晴らしく良いというのが特長ですね。

五島列島を舞台に、アンジェラアキさんの楽曲をテーマにした作品「くちびるに歌を」。ぼけによる主題の強調という、カメラの世界では古典的な手法を極めて効果的に用いている

麻倉氏:この作品は屋外での爽快(そうかい)感と屋内での暗いトーンの対比によって、ノスタルジックな空気感を演出することに成功しています。また、カメラワークが大変良く、特にパンフォーカスではなく、インフォーカス・アウトフォーカスを上手く使って主体的に被写体をフューチャーする表現が美しいです。被写界深度を浅く取って背景をボカし、人物を浮かび上がらせるというもので、立体感や被写体を強調する極めて基礎的な撮影テクニックではあるのですが、今回はこの技術が非常に美的に使われています。

――ボケによる主題の強調というのは動画でも静止画でも定番の技術ですね。ですがこの技術を美的に使うと思うと、可能な限り長焦点で大口径の明るいレンズを使って被写界深度を浅くする必要があります。僕はシネレンズにはあまり詳しくないですが、静止画ならば各社のいわゆるサンニッパ(300mm F2.8)とかが大口径の代表格ですね。明るさでいえばキヤノンやライカなどが50mm F0.95という特大口径レンズを持っており、絞り開放で使えば強烈なボケが得られます。

 ですがこれは撮影技術との勝負でもあります。被写界深度が浅いということはそれだけピント山もシビアですから、ピンぼけのリスクが極めて高くなります。「カミソリレンズ」の異名を持つカールツァイスのゾナー135mm F1.8などは、人の顔を目にピントを合わせて撮影すると、鼻頭はすでにボケ始めているくらいですから。つまりボケが美しいということは、機材とカメラマンのウデがどちらもハイレベルだといえます。

麻倉氏:カメラマンのウデは確かですが、それに加えて作品構成や演出のセンスが良いというのがこの映画の特筆点です。タイトルにもある主題の歌はアンジェラアキさんの楽曲がベースになっているもので、審査で指定されたクリップでは、高校生が大合唱するという感動的なシーンです。少人数で歌い始めた歌の輪がだんだん拡がってゆき、大合唱になってゆく。ダイナミックな物語の展開がポエティックで滑らかな画調で撮られています。

 今まで邦画は、ストーリーは良くとも画作りには至らず、この評価軸ではイマイチということがありました。それに対して本作は画調がプアというエクスキューズもなく、それでいてキラキラ調のゴージャス感あふれるハリウッドトーンとはまた異なり、ストーリー性を上手く反映する繊細な意味のある画に仕上がっています。どこか日本のものづくりに共通する、ものを視る視線の暖かさが画調に反映されており、この点が高く評価されて今回の受賞となりました。

――邦画は邦画の良さがありますが、海外のタイトルと比べるとどうしても総合的な表現の幅が狭いというか、底が浅いというか、そういった問題点があったと思います。物語のスジは悪くないし、役者もいい演技をしているのに、なぜか単調な感じを受ける。邦画を見ていて何度もそんな感覚に襲われたことがあるのですが、映像表現技術の工夫によってそういったものを払拭できるならばとても喜ばしいですね。テクニックの研鑽による表現の追求という流れが今後も続くことを是非期待したいです

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