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世界で通用する4K/HDRドラマに、NHK「精霊の守り人」の挑戦――「mipTV2016」レポート(後編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(2/3 ページ)

» 2016年06月16日 16時35分 公開
[天野透ITmedia]

「精霊の守り人」がmipTVのレッドカーペットを飾る

麻倉氏:NHKもHDRに挑戦中です。大きなポイントとして、大長編ファンタジー「精霊の守り人」のドラマ化がスタートしました。1シーズン4話、全22話を2018年までかけて製作するという超大作ですが、これが日本のテレビ局として初めて、mipTVのレッドカーペットを飾りました。これはmipTVのイチオシ作品、キーノート・シネマであることを意味するものです。

 日本からは呪術師トロガイを演じた高島礼子さん、プロデューサーの海辺潔さん、演出家の片岡敬司さんの3人がレッドカーペットに登場しました。そこでさまざまなインタビューを受けており、私も高島礼子さんにインタビューをしました。製作はNHKエンタープライズで、全編を通して4Kでの製作というのが大きなトピックです。加えてシーズン2以降は全てHDRを入れての制作になります。

 NHKが4KとHDRに挑戦した理由は、ズバリ世界戦略。海部プロデューサーの話によると、本作は世界展開を前提として企画されたものだそうです。前編での4K熱の様子でも分かる通り、これから世界へ売るために4Kは必須です。日本文化が世界で高く評価されている今、4Kの題材として相応しいと判断されたのが、アジア的なテイストを持った国産長編ファンタジー「精霊の守り人」でした。

世界市場を見据えて制作され「Moribito」として紹介された、綾瀬はるかさん主演の「精霊の守り人」。上橋菜穂子さんの長大編ファンタジー小説を3年かけて放送する。国産ドラマにとって大きな挑戦だ

――シーズン1は既に放送されており、完成度の高さが評価されていますね。シーズン2は2017年1月に放送開始だそうです。この時期の大長編ドラマというと、数年前には「坂の上の雲」などがありましたね

麻倉氏:構想提案は実に5年、制作準備に2年。“世界で売れる4K”の切り札が「精霊の守り人」なのです。片岡さんは5年間も提案し続けたのですが、あまりのスケールの大きさに皆たじろいでいたそうですよ。提案内容とプロデュースを考えた“世界で売れる4K”というのが合致し、ついに制作決定となりました。そして足掛け7年の努力が実を結び、2016年の正月に放送を迎えたという訳です。

――原作は上橋菜穂子さんの人気ファンタジー小説ですが、なにせ10年かけて全10巻が、短編を含めると12巻が刊行されたという分量です。規模的には「ハリーポッター」シリーズに匹敵しますが、あちらはワーナーが映画化を完結させるのに、上映だけで10年かかりました。それを思うとわずか3年で完結させるというのはかなり駆け足に感じます

麻倉氏:片岡さんは大河ドラマの監督だったのですが、そこでの題材は信長や秀吉といった戦国武将を中心とした日本の偉人達です。日本でしかウケないドメスティックなコンテンツが大河ドラマなのですが、対して「精霊の守り人」はモンゴルから東南アジアまでの広い一帯を舞台とします。この国際性が世界戦略のカギとなりました。

 演出には、殺陣(たて)や合戦、CGの城とリアルの景色の組み合わせなど、大河ドラマで培った時代劇のテクニックをふんだんに使用しています。片岡さんは2014年の正月時代劇「桜ほうさら」で既に4Kドラマ制作を体験済みで、そこでのノウハウもフル活用しているとのことです。具体例として、撮影時のカメラワークは徹底的に追い込むそうです。pearl.tvの時にも話が出ましたが、2Kまででは許容されていた(場合によっては味を出していた)わずかな揺れやぼけも、4Kでは不快感を与えてしまうため、特にピンぼけと画面の揺れは4Kの大敵です。

 4Kはグレーディングも特徴的です。通常の番組制作では撮影現場で画作りを完結させることが多かったのですが、今回の制作では後処理としてグレーディングで追い込んでいきます。これにより、とにく今回のようなファンタジーで極めて重要人になる細やかなニュアンスを表現します。今回の画調は4Kによくあるカリカリではなく、若干ソフトフォーカス寄りで仕上げました。これはファンタジー感を演出するたmの意図的なもので、RAWでフォーカスを若干甘めにしておき、グレーディング段階で引き締めたそうです。RAWで締め、グレーディングでさらに引き締めると、やり過ぎになってしまい、ビデオ的なカリカリ画になってしまいます。

――なるほど、実写でファンタジーをどう描くかという点にかなり苦心されているようですね。ところでHDRの扱いがちょっと気になるのですが。先程の話ではHDR撮影がシーズン2からとなっていました。なぜシーズン1では採用が見送られたのでしょうか?

麻倉氏:それは時期の問題ですね。昨年秋のmip comでのセミナーで「これからはHDRが標準になるぞ」という話を聞きつけ、これは大変とあわてて検討をしたそうですよ。“世界で売れる4K”である以上、世界標準は当然のようにカバーする必要がありますから。

――NHKでは結構前から研究が進んでいた訳ですから、昨年秋の段階でその反応というのは少し意外です

麻倉氏:まず現場が動き始め、大道具や小道具のフェイクをいかに本物に見せるかという研究を重ねました。本来はHDRの階調拡張によってよりリアルな表現を目指しているのですが、スモークの炊き方やライティング、布の撮影法などで、従来のメソッドが通用しないこともあるのです。例えば墓石を撮影する際のテクニックとして、従来は水をかけて独特のきらめきを出していたのですが、4K/HDRでこれをやると光り方がウソっぽくなってしまったそうです。

意図的にソフトフォーカス寄りに仕上げられた作中の一幕。こういったファンタジー特有の演出が随所に散りばめられている他、大道具や小道具などは4K/HDRという最新環境をいかに表現に生かすか手探りで工夫を重ねてきた

 このように現場では手探り状態の努力がされているのですが、演出を指揮する片岡さんはあまりHDRに乗り気ではないご様子です。ファンタジーの映像として明るくするというところに、劇のコンセプトに合うかという所で慎重な意見を主張されています。対してプロデューサーの海部さんはイケイケドンドン状態です。

――クリエイターとマーケティングという立場による見解の相違ですね。両名とも是非、その道の先駆者として活躍いただきたいです

麻倉氏:HDRの本質をつかむこと、それをどのように劇に生かすか、どんなグレーディングをするか、何を表現するかというように、メリット・デメリットを把握してクリエイター側がもう少しHDRを使いこなす必要がある、と片岡さんは話していました。

 それともう1つ、高島礼子さんに今回の4K撮影について感想を聞いてみました。基本的に「演技をする側としてはどんな撮影であってもベストを尽くす」ということを一貫しているご様子でした。一般的に解像度が高くなるほど〈細かい粗〉も目立つため、通常の撮影であれば「アップはご遠慮いただきたい」となるのですが、今回は呪術師の役柄で5時間もかかる特殊メイクのため、「何が来ても怖くない」と笑っていました。

レッドカーペット上で見事な留袖姿を披露した高島礼子さん。ところが劇中で高島さんが演じた呪術師トロガイは、この画像からは想像もつかない異様な容姿だ。特殊メイク、恐るべし

――そういえばハイビジョン放送が始まった時も「ハイビジョン対応メイク」なるものが出てきましたっけ。技術者やクリエイターだけでなく、役者さんの苦労もさまざまですね。それでも演技の本質は変わらないという意見がスパっと出てきたところに、高島さんのスタンスが感じられます

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