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麻倉節全開! ミュージックラバーへ提案する新生ティアックの「NEW VINTAGE」コンセプト麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(2/3 ページ)

» 2016年11月14日 12時01分 公開
[天野透ITmedia]

麻倉氏:それはやはり、オーディオの本質を追求するという姿勢を疎かにしていたからでしょう。近年のティアック製品を見てみると、いかにも安価でお粗末なラジカセや、回顧趣味を前面に押し出した蓄音機もどきの一体型レコードプレーヤーなど、音に関するこだわりが感じられないものが並んでいてガッカリする事が多く「ナニこれ、本当に“あの”ティアックなの?」というような変な製品ばっかり。挙げれば枚挙にいとまがないですが“こんなもの”を出しているからブランドの価値が下がっていったんです。

麻倉氏がオーディオの本質を追求するという姿勢を疎かにしていたとして「こんなもの」とバッサリ切り捨てたティアック製品の例

――こういう話を聞くと、つくづくブランディングの難しさを思い知りますね。かつてのオーディオブランドでおうと「サン・トリ・パイ」(SANSUI、TRIO、PIONEER)と称えられたオーディオ御三家の一角であるサンスイのバッジが、今ではチープな中国製液晶テレビに付けられて某激安量販店に並んでいますし……

麻倉氏:こんな状態ではティアックブランドに未来はないと残念に思っていたのですが、それはやはりティアックの社内でも感じていたようで、これからのティアックのために「こんなもの」はもうやめようとなりました。この「やめる」ということが“新生”の第1歩で、これからは新しい価値を作っていこうという思想に転換するのです。昔に築き上げた価値を持った上でそれをさらに高めて「こんなもの」をやらずにちゃんとした新しいオーディオを作ろう、というのが“新生ティアック”の進む道です。

 このようにオーディオへ原点回帰を図る際に、社内にエソテリックという一流ブランドがあるのはとても素晴らしいことです。私もエソテリックさんとはよくお付き合いさせていただいていますが、新製品を聞く度に本当に素晴らしく、最近では「グランディオーソ」という合計で数百万円するラインが本当に良いと感じました。

創業者である谷勝馬氏は「クオリティーと芸術性」をティアック製品の本質としており、「誠実」「創意」「全世界の要請」「最高級」という、「こんなもの」の対極に位置する社是を掲げた

麻倉氏:客観的に見て日本にはラックスマン、アキュフェーズ、エソテリックという、世界でトップクラスのハイエンドオーディオブランドが3社あります(昔はナカミチなどもありましたが)。その中でエソテリックの特長というのは音の質感と私は考えます。量的にドーンと出たりガツンときたりするのではなく、非常に質感が高い。特に感じるのは、音と音の間の余韻に美があるということです。これは狙ってやったとしても普通なかなかできるものではなくて、エソテリックは階調とニュアンス感を丁寧に出しているため、静かなところの美しさをきちんと表現することができるのです。

――昔、楽器をやっていた時に「休符をきちんと演奏しなさい」と言われて衝撃を受けたことを思い出しました。音楽は時間芸術ですから無音部も大切な一部で、当然そこに対する表現は重要となる訳です。オーディオの場合もそうですが、音を出すことに気を取られて、音を鎮める、あるいは制御するということは案外と疎かになりがちです。

麻倉氏:とても音楽的な表現をする秘密が意外なところにあり、こういったポイントをきっちりと押さえているのでエソテリック製品は音楽の感動性がとても高い、それがエソテリックというブランドなのです。対して今のティアックブランドは先に指摘した通りラジカセといったものが多く、音楽の入り口に居るユーザーへ向けた製品を作ってきました。お手軽なティアックに対して、非常に素晴らしい音作りをするエソテリック。「このパワーを使えば新しいものができるのでは」と思う訳なのです。

 加えて先ほど、ちらりと話に上がったタスカムブランドもティアックは抱えています。タスカムはスタジオユースやステージパフォーマンスといったプロ用途に定評あり、今や音楽制作の現場では無くてはならないブランドです。このようにティアックという会社は音の源と出口のハイエンドをきっちりと押さえています。エソテリックとタスカムが保有するノウハウを入れて、両者の中間に位置するティアックブランドで良いものを作ろうじゃないかという話が、今回の「NEW VINTAGE」の本質なのです。

――素材は最高級のものを持っているから、それを確かな方法で料理すれば、美味しい一品に仕上がるという訳ですね。

ティアックは「エソテリック」「タスカム」という一流ブランドを抱えており「オーディオへの原点回帰を志す際に大きな力になる」と麻倉氏は指摘する

麻倉氏:機器の中身はこれらのノウハウで問題ないですが、問題は機器の外側です。今までのティアックでいうと、単なる外見だけではなく、デザイン、コンセプト、コミュニケートといったところが“もうひとつ”でした。こういったコンセプトやデザインを考えるときに有効なのは、自分たちの内側だけで悩まずに視点や機軸を海外に置いてみることです。

 世界を見渡すと、日本と世界の共通点や同調性はそこそこ見えますが、それとは逆に相違点も結構あることに気付きます。とくにヨーロッパと日本のトレンドの違いという視点では、ヨーロッパにあって日本にないものが鮮明に浮き上がってくるのです。それは何かというと「メディア一体型プリメインアンプ」、つまりさまざまなメディアを一挙にマネジメントする一体型コンポーネントで、言い替えるとアンプ一体型のメディアプレーヤーです。これが実は今のヨーロッパにおける“ミュージックラバー”の中核オーディオになっているのです。

 ところが日本を見ると、“オーディオ愛好家”は単品コンポで自分だけの理想を突き詰める傾向にあります。一方、音楽を気軽に楽しむ人たちはヘッドフォンステレオとかシステムコンポ、あるいはミニコンポを使っていますが、こういった製品はあまり音にこだわりません。いえ、予算や物性などの都合上、こだわれないのです。それに対してオーディオ愛好家というものすごく音にこだわる人達は「プレーヤーあるぞ!」「アンプあるぞ!」「何ならDACやクロックも分けちゃうぞ!」といったとてもヘビーなシステムを組みます。このように今の日本のオーディオはハイエンドとエントリーの両極端な環境しかなく、その真ん中にあたる層を埋めようというのが今回の新製品なのです。

――確かに、音楽好きがオーディオ好きになるかというと、面倒なのは嫌だという人は少なからず居ますね。その逆でオーディオ好きが必ず音楽好きかというと、どうも怪しいパターンがあるようにも感じます。新しい物好きや高いもの好きの人たちのオーディオでは、音や音楽の良さとは違うところに価値を見出しているように感じます

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