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「マニアック&ハイエンド」 麻倉怜士の「デジタルトップ10」(中編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(3/4 ページ)

» 2016年12月30日 06時00分 公開
[天野透ITmedia]

5位:MQA

麻倉氏:この連載でも何度も取り上げているMQAがいよいよ実用化されたのも、今年の大きなトピックでしょう。という事で第5位はMQAの動向がランクインです。

 MQAは、これまでの常識を真っ向から覆す「ファイルサイズが小さくなるのに音が良くなる」という不思議な技術です。後方互換があり、ファイルフォーマットはPCMの48kHz/24bitにしているので、MQAにしなければ普通の「中レゾ」の音が出てきます。実は「foobar2000」で再生した際にボリューム100%を少しでも下げるとMQAが外れるため、簡単に比較できるんです。実際に聴き比べるともうぜんぜん違いますね。48kHz/24bitは中レゾらしいダルな感じの鈍さで、何とも抜け切らない。それがMQAにした途端に音の生命力が与えられ、楽器から音が出てくる過程がビジュアル的に見えるように感じます。さらにそこに留まらず、楽器が空気を震わせ、空気に音楽的な色を付けて、空気を媒介に人へ音を届ける、というような過程が高速度撮影の如きスローモーションで伝わる、そのくらい感動的な音が聴こえてくるのです。

 これまでも述べた通りMQAは時間軸に着目した技術です。時間軸解像度をより高めると「時間に沿って音が刻々と変化する」という事を人間はいちいち微分的に分解して分かっている、というところが重要で、「音がスローモーションで伝わる」という感覚はここに由来します。もう少しいうとリンギングのない音です。デジタルでインパルス(突発音)を録音すると、データにはないはずのプリエコー・アフターエコーが出てしまいます。音が出る前の音というプリエコーなど現実では無いのに、ADとDAの各変換のノイズとして表れるこの現象の影響で、デジタルの再生音は鈍ってしまうのです。それがなくなる正しい空気感・時間感を得られるのがMQA技術のミソです。

――スピーカー技術者は“高応答速度・高内部損失”の設計に苦心しますが、デジタルで同じような問題が起きていたのを解決したのがMQA技術のオーディオ的なポイントですね。言うなればこれは音源のハイエンド化です

麻倉氏:そんなMQAですが、今年の秋にはついにメリディアンからリファレンスクラスの「Ultra DAC」が出たという大きなニュースが舞い込みました。10月末に秋葉原で開かれたイベント「音のサロン」で、ボブ・スチュアート氏の手によって公開され、氏のプレゼンでボブ・ディランをはじめとした様々な音源を聴いた時のDACがコレでした。

英国メリディアンオーディオのハイエンドDAC「Ultra dac」。リファレンスモデルとして登場した本機は、MQAを開発したボブ・スチュアート氏が手がける最後のハードにもなる

――音のサロンで出てきたUltra DACは凄かったですね。音響的に恵まれない会議室環境で急造セッティングにも関わらず、強烈に有機的な音でクラクラしました

麻倉氏:私はイベント前後に自宅シアターで聴いたのですが、これにはもうビックリです。今回のトップ10ではいくつかのDACが挙がっていますが、これはちょっと次元が違います。デジタルの音でここまでの情報量と音楽性が同時に得られるものかと。同じようなことは他のDACでも述べたが、中でもこれの情報量と音楽性は別格ですね。

 このDACが面白いのはDSD 5.6MHzに対応したことです。ボブさんはDSDに批判的で、何故かと言うと2.8MHzでは折り返しノイズが可聴帯域に入るんです。しかもこれを取り除くとその部分の音情報が無くなるという1bit特有の問題が出てしまいます。2.8MHzのDSD音源がちょっとマッタリとしているのはこのためなんです。これが5.6MHz、11.2MHzとなると問題も解決するのですが、それに伴ってファイル容量もグングン増えていってしまいます。

 実はChordのハイエンドDACである「DAVE」の開発者も同様の意見を述べているのですが、そんなこともあってDSDへのノリはイマイチでした。ですがボブ氏は「それでも私が手がけるDSDは違う」と果敢に挑戦をしました。このDACでDSDを聴くと、確かにより生々しいというか透明感が高いというか情報量が多いというか、凄みのある音を聴かせてくれます。そんな良いリニアPCM的なテイストを持ったDSD機能を採用しました。

 このUltra DAC、もしかするとボブ・スチュアート謹製の最後のハードになるかもしれません。ボブ氏は今ハードメーカーであるメリディアンから一歩引いてMQA展開に専念しており、今後はそちらの方向へより傾倒していくようです。そういったステータスもあり、是非シアターへ迎え入れねばと画策しているところだったりします。

10月に開かれた音のサロンに参加するため来日したボブ・スチュアート氏。同イベントで「音質を犠牲にして利便性を高めてきたデジタルオーディオに対して、MQAは音質も利便性も諦めない方式だ」とボブ氏は力説した

――MQAにはまだまだ可能性を感じます。何よりもエントリーのポータブル機からハイエンドの超弩級機までそろったというのはとても大きいですね

麻倉氏:もう1つのチョイスとして、マイテックデジタルの「Manhattan」もMQAリファレンスになりうるでしょう。こちらはDSDにも明るいメーカーで、Manhattan自身も音が良いDACとして有名です。

 このようにMQAのハードはハイエンドを中心に拡充されてきており、ソフトに関してもワーナーは既にサポートを発表、ソニーが最終交渉に入っており、ユニバーサルも交渉という話が聞かれます。日本でもHQMやUNAMASがいち早く賛同しているなど、来年以降はどんどん更に増えていきます。中でも面白い動きとして、ミック沢口さん率いるUNAMASがCDをMQA化するそうです。一般的なCDプレーヤーでは普通のCDフォーマットですが、デコーダーを通すとMQAの情報を展開できます。こうした互換性を持ったCDが出るというのも面白いところですね。

――昔にあったHDCDみたいなアプローチですね。あちらは対応プレーヤーにかけると通常の16bitに4bit分の情報が追加され、20bit音源になるというものでしたっけ

MQAの素晴らしさをボブ氏の前で語る麻倉氏。同イベントにはUNAMASのミック沢口氏らも登壇した

麻倉氏:そうかな? 記憶の彼方ですね。その他の動きとしては放送への展開も興味深いです。今は帯域の都合でAACなどのロッシー圧縮ですが、MQAなら最終的にハイレゾ放送も見えてきます。広帯域を要求するマルチチャンネルもMQAならば可能性は広がります。今はまだハイエンド2chというイメージですが、ネットでもMQAならば広範な展開が考えられるでしょう。これらの鍵となる「オーディオおり紙」という技術がどこまで通用するのかは見ものですね。下限は今のところ48kHz/24bitですが、上限はそもそものスタートが384kHzから始まっているということもあって今のところ青天井らしいですよ。他にもDSDでのおり紙の可能性など、ワクワクする展開が待ち受けています。今後も注視していきましょう。

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