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映像は誰のもの?――麻倉怜士の「デジタルトップ10」(後編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(3/4 ページ)

» 2016年12月31日 06時00分 公開
[天野透ITmedia]

第2位:ソニー「VPL-VW5000」

――ビジュアルにまつわる話題が続いていますが、次もビジュアルの話題ですね?

麻倉氏:今度はプロジェクターの話をしましょう。第2位はソニーの超弩級機「VPL-VW5000」がランクインです。

ソニーの超弩級プロジェクター「VPL-VW5000」。価格が800万円とあまりに高額すぎるため、発表当初は日本市場への投入を見合わせていた。しかし日本のオーディオビジュアルファンから販売を切望する声が上がったため、晴れて日本でも販売されることが決まったという経緯を持つ

麻倉氏:今年は間違いなくプロジェクターの当たり年です。フォーマットが変わると機材も全取っかえとなり、それに伴って新製品が盛んになりますが、特に2Kから4Kに移行して何が大きくなるかというと、ズバリ画面が大きくなります。2Kなら50インチくらいが限界で、60インチや70インチともなるとちょっと甘くなってくるのは否めません。では4Kで本領発揮するサイズはとなると、さらに大きくなります。液晶テレビも100インチが出る今の時代、さらに大きな画面が可能なプロジェクターこそ4Kの恩恵を受けるのです。

 しかし、困ったことに家庭用プロジェクターには画質改善の切り札であるHDRに関するフォーマットがありません。テレビのような規格が定められていないため、逆にプロジェクターメーカーが既存のHDRフォーマットにどう対応するかが腕の見せ所となるのです。その意味でVPL-VW5000は4KとHDRを上手く突いた史上初の製品です。超弩級プロジェクターと表現するに相応しく、価格も800万円と超弩級です。

――トヨタのクラウンを買ってもまだオツリが来るヨ〜(白目)

麻倉氏:私のシアターで今稼働しているのは「VPL-VW1100ES」という従来の4Kリファレンスモデルです。これを4K+HDR時代にどうブラッシュアップするかという問いに対して、新たなリファレンスを作ったのがVPL-VW5000です。インプレッションとして、VW1100ESはバランスが良くナチュラルでスッキリして細部再現も良い。ですが、VW5000の後で見直すとやはりその差は歴然。VW1100ESは明るさが1800ルーメンなのに対して、VW5000はまさに5000ルーメン、この明るさから来る精細さ、光の持つ精細な意味合いが凄いですね。

 ソニーのプロジェクターで言うと、「VPL-VW535」という4Kの新製品。こちらの価格はVW5000のおよそ10分の1と、比較的買いやすい(?)モデルですが、これは非常にハイパワーな画調です。コントラストの両端を持ち上げたドンシャリ的なくっきりハッキリの映像で、むしろ強調感を上手く使って明確さを演出しています。

 対してVW5000は恐ろしいまでのナチュラルさです。あざといところは全くなく、細部まで目が行き届いて、階調の多さに驚かされます。まずSDRのリファレンスとしてよく使っている「サウンド・オブ・ミュージック」はどうでしょう。Dレンジが非常に広く、黒の沈みと白のノビが良いですね。ただこれは強調感があるというのではなく、あるべきところにあるべきものがあり、それが特に奥行方向に出て、マリア先生や子ども達や草原などが明瞭明確に並んでいます。色の階調も非常に高く、細やかな一体感を感じます。

 1つ不思議に思ったのは、VPL-VW5000がキリキリした絵ではなく、ちょっと優しい絵ということです。それも強靭にして優しいというアンビバレントが見られます。単に強いだけ、あるいは単に優しいだけというのではない、自然界の相反する概念が上手くバランスを取っているというのが、おそらくホンモノの絵なんだろうと思うのですが、そういう感覚がします。

 色の階調感や粒子感、あるいは輪郭感など、繊細でありながらバランスが良く、3管式プロジェクターが今あればこんな感じかと思いました。これはレーザー発光のプロジェクターで、色は青色レーザーに蛍光体を当てて3原色を作っています。対して3管式はまさに蛍光体発光。電子ビームとレーザー光という違いはありますが、この色は3原色のうち最もカラーボリュームが薄い青をベースにして、色の85%ほどを蛍光体で出しているからこそ出るのではないでしょうか。もしこれが3原色ともレーザー発光なら、色は純色に近くなってくっきりしますが、きっともっとギラギラした絵になるだろうと思われます。そうではなくしっとり感というか滑らかというか。ツルツルしているのではなく細かい粒子が高密度に敷き詰められているなだらかさ。そんなアナログ感が大変魅力的です。

――ソニーの映像はカリカリのモニター調が基本というイメージがあるので、確かにこれは意外です。ところでVW1100ESからの最大の更新点であるHDRはどうでしょうか?

麻倉氏:VW5000ではHDRを再生するために最初から高輝度で出し、暗くなる部分を後から抑えこむというアプローチを取っています。ローカルディミングでコントラスト比を向上させてきた昨今の液晶テレビとは逆の手法です。レーザーはユニットの寿命は長く、光の立ち上がりが速い、加えてVW5000は絞りが無段階で瞬時に変化します。プロジェクターにおいてコントラストを上げるのに絞り制御は必須ですが、従来の機械式絞りには追随速度に限度があります。ですがVW5000はフレーム単位で完璧に制御するという強みを持っています。

 もう1つ面白いのはHDRに対する考えです。最初のHDR対応プロジェクターである「VPL-VW515」に見られたソニーの考え方は、ズバリディレクターズインテンション尊重主義。PQカーブで作られたコンテンツはPQカーブを忠実に再現するという姿勢だったのですが、絶対値で表現されるPQカーブをそのまま表現しようとすると、例えば3000nitsが上限のコンテンツであれば規格上限値である1万nitsの3分の1のため、プロジェクターの出力も3分の1しか出せません。今回はHDRコントラストというモードを入れて50%まではリニアに変換し、それ以上は最高輝度を保ちつつPQカーブをグラフ上で移動させることで白の階調をなるべく出すという仕掛けを採用して現状に即した対応に変えました。もともと5000ルーメンもある明るさに加えて、この新しいHDRに対する考え方がよく効いています。

 そんなソニー渾身の1台ですが、惜しむらくはガンマ設定がなくなってしまったことでしょう。今までは1から10までのガンマカーブを自由に選べていて、私は黒の階調を出す「ガンマ7」の設定がお気に入りでした。少々黒浮きになる分明るさを落としてやると上手く対応できたのですが。

――うーん、一方でユーザーフレンドリーになりながら、もう一方でクリエイター主義になる。何だかチグハグな感じがしますね……

麻倉氏:こういった自由なガンマ設定は重要ではないかと私は強く感じますね。コンテンツにあるものをそのまま出すというのがソニーの基本的な姿勢ですが、それに対してユーザーが操作できる面を増やし、もう少し柔軟な対応ができるとさらにより良い体験ができますね。

 もっともソニーの言い分も分からなくはないのです。というのも、ソニーはソニー・ピクチャーズを持っており、ハリウッドから「俺達が作った絵が出てこない」という文句に晒され続けてきました。再生側でどうにでも変えられるのではなく、クリエイターとしてはディレクターズインテンションをしっかりと視聴者に受け取ってほしいというのがハリウッドの考えです。ソニーはそういうコミュニティも持っているため、そういった考えに対して共感もする訳です。年始のCESで出てきた「ULTRA HD PREMIUM」規格というのは、クリエイター側のこういう思想を体現したものといえるでしょう(ソニーはサポートしていませんが)。それはそれとして、視聴者側にもそれぞれ好みの画調はあるから、個人的にはやっぱりある程度自由な範囲がほしいですね。

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