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大手プロダクションが切り拓く“8Kドラマ”というフロンティア麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(2/4 ページ)

» 2017年01月17日 06時00分 公開
[天野透ITmedia]

麻倉氏:これまでの8Kは、例えばリオデジャネイロオリンピックなどはリアリティーや臨場感といった点を重視しており、映像を見て「As if you were there」つまり”その場に居るような”という気分にさせるための精細感や大画面あるいはHDRでした。LUNAはそういったリアリティーとは全く違うトーンで、いうなれば“ファンタジーの8K”でしょう。単にキリキリと情報量を立ててある物をそのまま出す、というのではなく、物語性や世界観に沿って8Kの精細感を生かして“画で物語を紡ぐ”「ドラマチックな表現力が8Kにはこんなにあったのか」という画調を発見したところが画期的ですね。

――8K時代のフィクション的作画理論を開拓した、というところでしょうか。新たな表現を獲得したからには、それに見合った新たな“表現のツボ”を見極める必要は当然ありますね

撮影に用いたカメラは4K/8Kシーンのスタンダード機であるソニーの「F65」と、1000fpsのハイスピード4K撮影が可能な米国ビジョンリサーチの「Phantom Flex 4K」
今回の制作のフローチャート。新設した渋谷の8K編集スタジオでは、NHK本局とほぼ同じ機材をそろえているという

麻倉氏:トーン的にはフィルムとビデオの中間くらいです。ビデオ的な精細感を持ちながらも鮮明さへ一方的に振るのではなく、細かい粒子が集まることで滑らかで暖かな、ドリーミーなトーンが形成されていると私は見ました。ただしこれは単にボケているのとは違います。ボケているというのは粒子感が失せて、鉋(かんな)で削いだようにのっぺりした状態です。

 S/NでN(Noise:ノイズ)を排するためにS(Signal:信号)を殺すという、つまりノイズ撲滅のために絶対的な情報量を削るようなものです。これはそうではなく、カチッとした情報はありつつ、それが高密度充填された結果として滑らかになっています。音でいうならば質感の良いハイレゾのような感じでしょうか。MP3やAACといったロッシーな圧縮にありがちな変な輪郭強調はなく、ハイレゾ的微細粒子が高密度で集まって、自然で滑らかでありながらも恐ろしい情報量がある、生っぽい音に聴こえるという感覚ですね。

 そんな微粒子が集まった映像がLUNAの絵です。映像的に8Kの将来性に期待が持てました。具体的にいうと、光の中のグラデーションや解像感など、質感の表現がとても上質でした。この作品は高校生の物語なので、当然役者も若手をあてていますが、その役者の肌表現が実に生々しいんです。若い子の肌というのは潤っているというか、オイリーというか、表面は若々しい湿度を保っています。肌は決して一様にきれいではなく、年代特有の生っぽさを8Kではキッチリと出しており、そういうものがリアルに見えて、2Kや4Kでは見たことのない緻密(ちみつ)さとナチュラルさが同居しています。

LUNAの1シーン

――肌のテクスチャー感の表現が恐ろしくハイレベルなんですね。生々しさは作品世界への没入を生みますが、これは同時に、かの“ハイビジョン対応メイク”をも上回る質感を要求されそうで、役者泣かせにもなりそうです(苦笑)

麻倉氏:光の中のグラデーションでいうと、女子高校生のふわっとした白いブラウスの膨らみ感が自然にリアルに出ています。体型にピッタリフィットしたものではなく少々ルーズな衣装で、服の中に空気が含まれてできる半円形の部分に光が当たると陰影ができるわけですが、そこの光のあたり方、ハイライト感とシャドウ感が、8Kの精細管とHDRの光表現が相まってとても緻密な表情で出てきます。暖かな空気感というか、若い人肌の温もりというか、そういった人間味が感じられるような実体感がありました。8Kのスペックをおごるのではなく、極自然にあるがままを撮すことで生まれる、情感豊かな映像です。

ドラマ作品ということで、従来のビデオ的なカリカリの8K映像とは異なる画調を追求している。しっとりとした肌の質感やソフトな服の空気感など、明確にリアリティーを保ちつつもどこか幻想的な印象を抱かせることが、フィクションを8Kで撮る大きな意味となる

麻倉氏:アウトフォーカスも良いですね。ドラマという事もあって今回の作品は映画的な絵作りをしていますが、これまで8Kにおいては解像度を誇るインフォーカスが注目されており、アウトフォーカスに関してはあまり注目されてきませんでした。

 例えばマラソンの引き絵で個々のランナーが識別できるといったように、そういう情報量こそ8Kだと見られてきたのです。ですが今回はインフォーカスとアウトフォーカスの表現が実に素晴らしいです。いかにも8Kという鮮明なインフォーカスはもちろんのこと、実は背景のアウトフォーカス部が「高解像にボケている」。ボケもきっちり粒子を持っており、その1つ1つが集まってボケという明快なオブジェクトを作っています。単にアウトフォーカスでトロンとたれているのではなく、高精細に高先鋭にボケているのが8Kのボケなのです。

 これの何が良いのかというと、ボケに対しても明確な表現がなされているという事です。濃厚な情報量で高密度にボケることでフォーカスの対比感が先鋭化し、それによってインフォーカスがより引き立ちます。被写体を意図的に浮かび上がらせるために背景をキッチリとボケさせて、絵の主役を引き立たせるという機能を持っているわけです。これは撮影術における基本的なカメラテクニックなので、当然これまでもそういったことを狙って映像を作ってきていましたが、8Kでは視聴者の視線をインフォーカスへもっていく力が特に大きく、主題は何かという事が映像内でハッキリと屹立してくるという効果が凄いと見ました。

――ボケに関する話は興味深いです。僕は写真も少々かじっていて、85mmプラナーに代表されるカールツァイスレンズの上質なボケが大好きですが、8Kのボケは写真でいう所の「とろけるようなボケ味」と表現される滑らかさとは別なんでしょうか?

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