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有機ELテレビにみるソニーとパナソニックの大きな違い――CESリポート(前編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(4/6 ページ)

» 2017年01月24日 19時48分 公開
[天野透ITmedia]

麻倉氏:ソニーが追求したものはテレビとしてのカタチです、スタイルコンシャスともいえるでしょう。ソニーは「佇まい」というなかなか上手い言葉を使っており、この佇まいをスマートにするという、ナカナカにソニーらしいアプローチを見せています。

 家電製品は、往々にしてエントリー、ミドルレンジ、ハイエンドというラインアップを作りますが、ソニーのOLEDテレビでこれまでのようなヒエラルキーを作ろうとすると、液晶を一生懸命やって来て完成させた現状においてOLEDをどこのポジションに据えるかという結構難しいマーケティング的判断を迫られます。というのも、「Z9D」シリーズで採用したバックライトマスタードライブはハッキリ言ってOLED潰しの技術で、液晶にできてOLEDにできないことをやろうとするという意志の現れなんです。

前から見ると一枚板のパネルのみが目に入るソニーの新型OLEDテレビ(写真=上)。日本人記者向け説明会では「映像だけが浮かんでいるような“佇まい”」との言葉で、デザインコンセプトと説明した(写真=下)

麻倉氏:この“液晶にできること”は3つあって、1つは明るさです。OLEDは第2世代となった現状でも800nitsくらいしか単位面積あたりの光量を出せていません。対してバックライトマスタードライブは昨年のCESで出てきた段階で最高4000nitsという、文字通り桁違いの光量でわれわれを驚かせました。HDRの白ピークはOLEDよりも確実に上です。2つめは暗部階調です。パナソニックがここで苦心しているように、暗部階調というのは非常に難しいもので、他社のOLEDテレビなんかを見てみても暗部にはノイズが目立ちます。

 ここに対してソニーは液晶でいかに滑らかで美しい暗部階調を作っているかというところをアピールしています。特に真っ暗の中でのわずかな光出しは液晶に軍配が上がります。3つめは色再現性です。これに関しては諸説あり、OLED第2世代バージョン1(昨年IFAのパナソニック)の時点ではDCI比90%台だったのが、つい最近では99%という数字を出しはじめており、どっこいどっこいなところがあります。ですが光のピーク感と階調性でいうと、ソニーとしては液晶が上としています。

――確かに、OLEDとの差別化を図るには、液晶独自の魅力を追求するのがいちばんです。現状では強力で制御もこなれたバックライトを武器に戦うというのがソニーの戦略なわけですね

麻倉氏:プラズマを撤退に追いやった要因の1つにも明るさが挙げられますから、これを磨かない手はないぞということでしょう。ですがソニーだって長年OLEDを研究してきた過去があるわけですから、やっぱりこちらもやりたいんです。さて困りました、どうしましょう? パナソニックはOLEDをリファレンス、フラッグシップに据えて、その下に液晶を置くとハッキリアナウンスしています。ところが液晶に関しても高度な技術を持っているソニーは、安易な“OLED礼拝・液晶下げ”ということはできません。そうはいっても、ソニーは業務用機材に自社製OLEDパネルを採用して世界標準となっているご存知「BVM-X300」と、LGパネルを採用しつつも「同じパネルと思えない」ほど凄まじい階調性を出す「PVM-X550」というハイエンドモニターを持っており、すでにOLEDの大カンパニーなわけです。

 現状では黙っていると液晶がOLEDの下にきてしまいます。マーケティング戦略的にどうするかとソニーの考えた結果が“横に置く”でした。つまりソニーは、液晶とOLEDの評価軸を意図的に分離したのです。実際問題としてX550は現状最高のOLEDモニターの1つであることに疑いはありませんが、業務用機材ということもあってあちらの価格は385万円という雲の上の存在です。なぜこんなに高価かというと制御回路がとんでもなく凝っていて、端的にいうとX550はX300と同じ補正回路を積んでいるんです。

 より詳しくいうと、色補正に対して1bit毎の調整を極めて厳密に追い込んでおり、10bitで表現できる1024階調の1つ1つに専用の別回路を与えるようなことをしています(カラーなのでもちろん3原色分が別々にある)。10bitのフルカラーは1024の3乗で10億7千万色にものぼり、それを1つ1つ厳密に設定するという気の遠くなるような作業をするので、調整時間もべらぼうに長くなります。この様にパネルの不備を回路と調整で徹底的に補正するというのがX550の考え方で、これを職人芸のように個々の製品に施すため、必然的に高価になるという訳です。

 要するに「OLEDでも385万円出せば究極レベルを実現できますが、出しますか?」という話なわけですね。民生品という枠で価格を考えると、過去の例からいってもハイエンドで目一杯高めに設定して100万円くらいが限度でしょう。現状の条件の中で最善を尽くすとなると、OLEDでZ9Dを超えるのは難しいとなるのです。――OLEDの本当の実力を知っているがゆえのソニーの判断ということですね。そういう背景が分かればOLEDの民生品で画質追求をしないというソニーの判断も納得がいきます。

「究極の没入体験」を掲げて開発されたソニーの新OLED機。「佇まい」「一体感のある音」「リアリティ」の3要素を挙げているが、この中に「画質」という言葉がないところが今までのコンセプトと大きく異る

麻倉氏:この2社のOLEDを比較すると、画がぜんぜん違う事に気付きます。パナソニックはハイパワーで黒もグンと沈んでいて、階調もあり力強く前に出てくるという、液晶とは違う、つやっぽい深みや魅力がある画です。対してソニーは優しいジェントルトーンといいましょうか。あまりピークを上げず、細部もキリキリと鮮明にせずにふわっとした感じです。良くいうと自然で、従来、見てきたOLEDとはまた違う調子に仕上げており、液晶とも違う雰囲気です。私の印象では、昔のブラウン管をちょっとドライ感じにした画ですね。そういうことなので、画質で徹底的に攻めて液晶を打倒するのではなく、液晶と仲良く住み分けることを目指しています。ソニーがいうには「液晶山脈とOLED山脈という2つの山がある」。まあOLEDは民生品が出てきたばかりなので、まだOLED丘陵くらいのレベルですが。

 逆に、いえ、だからこそ、画質以外の要素においてOLEDの新製品は凄く頑張っています。「佇まい」という言葉の通り、何といってもスタイルがとても良いですね。それを最も顕著に表した要素が音でしょう。今のテレビはスタイリングと音の両立がなかなかできず、どうしても中途半端にならざるをえません。スタイリングを立てる場合はスピーカーを下向きにする必要があってどうしても音が悪くなってしまい、音を立てるとスピーカーが大きくなってカッコ悪くなってしまいます。ソニーが音にこだわったテレビとして3年くらい前に出したサイドスピーカーモデルがありますが、あれはハッキリいってセールスはダメダメで、日本ではそこそこ売れたものの、海外ではサッパリ売れなかったそうです。

 住環境が日本と異なる海外の場合、音にこだわろうとするならば中途半端にテレビのスピーカーに頼るのではなく、AVアンプを使って5.1chサラウンドを構築してしまいまい、特に壁置きになるとその傾向が強くなります。こうなるとどれだけ補正技術で頑張ったところで、比較相手は物理的に圧倒的優位性を持つパッシブスピーカーとなり、にっちもさっちも行きません。

――「薄型テレビは音も薄い」とは先生の言葉ですが、やはり分厚い物理の壁を克服するのは困難ということですね……

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