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審査委員長直伝! 第9回「ブルーレイ大賞」レビュー(後編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(3/6 ページ)

» 2017年03月09日 06時00分 公開
[天野透ITmedia]

ベスト高画質賞 洋画部門「オデッセイ」

「オデッセイ」

麻倉氏:ここからは実写作品を見ていきましょう。次はブルーレイ大賞の華にあたる洋画部門で、今回は火星移住(?)をテーマにした「オデッセイ」です。

――これも公開当時は話題になりました。その内容から、僕の周りでは「火星版DASH島」なんて声も聞こえてきたような(笑)

麻倉氏:映像的な見所は赤茶けた琥珀(こはく)色の火星と青い地球、宇宙の漆黒感に白い宇宙船という鮮やかな色の対比でしょう。映画において宇宙ものはコントラストの高さやディテール、色の階調感がうたえるため、高画質を追求する定番の題材です。昔の「2001年宇宙の旅」などはフィルムで撮られましたが、これはブルーレイになっても非常に素晴らしい質感を持っていますし、現代の宇宙ものとして前回は「ゼロ・グラビティ」などがあります(ただし高画質賞ではなく高音質賞)が、その系統に連なる作品が今回はオデッセイです。

 画質の基本性能が非常に高く、クリアなディテール感を持っていてデジタル的なくっきりした映像美が特徴です。火星の砂粒まで捉えながらノイズがほとんど浮き上がらず実にクリアですね。宇宙ステーションも不自然なところがなく、とても自然に活写されています。砂嵐が吹きすさぶシーンや静けさが漂うシーンなど、状況に応じて色彩が自在に変化する絵作りも目を見張ります。宇宙描写の新境地を切り拓いた作品だと感じました。

――アメリカにとって宇宙というものは永遠のフロンティアであり、現代の西部開拓です。想像の具現化である映画で夢の象徴でも宇宙を描くというのが、とてもアメリカらしいですね

麻倉氏:ちなみに洋画部門で私が感心したのは「レヴェナント」でした。ベストUHD BD賞を受賞した同作ですが、これはまさに“過去のフロンティア”だった西部開拓の話で、 “マジックアワー”と呼ばれる夜明けが近づくマゼンタの空の色や、太陽光のハレーション、ほの暗い森の重層感など、従来の2Kパッケージでもよく質感を出しています。これは6K撮影の恩恵がしっかり受けとめられている証でしょう。

 入選を逃してしまいましたが、キアヌ・リーブスのアクション大作「ジョン・ウィック」も良かったですよ。質感が良く、細やかでクリアでノビのある、味わいが深い映像です。音声もドルビーアトモスで、総合的にかなり得点の高い作品でした。

高画質賞の洋画部門には4K盤がUHD BD賞を獲得した「レヴェナント」、3D賞を獲得した「スター・ウォーズ」そしてアワードを獲得した「オデッセイ」という実力派が並んだ。いずれもハリウッドらしい作品だ

ベスト高画質賞 邦画部門「リップヴァンウィンクルの花嫁」

「リップヴァンウィンクルの花嫁」

麻倉氏:国内の作品も見てみましょう。実は今邦画は波に乗ってきており、画質向上が目覚ましいんです。これまで邦画というと、洋画と並べれば明らかに見劣りしていた感がありましたが、それが最近はメキメキと実力を付けてきています。オーディオビジュアル的な観点で見ても間違いなく見逃せないジャンルといえます。

 そんな邦画作品を取り扱うベスト高画質賞邦画部門、受賞作は岩井俊二監督の実写作品「リップヴァンウィンクルの花嫁」です。マルチな才能で映像を中心にさまざまな作品を手がける岩井監督ですが、本作は6K撮影、BDはMGVCを使用というハイベースなもので、とても生々しく、それでいて強調感は少なくて、ビデオ的ではなくドラマ的質感とグラデーションの美しさのコラボレーションが実に感動的です。評価クリップは花嫁衣装を着た主人公と友人がリスト「愛の夢」にのって踊るという、とてもファンタジックなシーンが用いられました。ウェディングドレスの細かいヒダやレースの質感とか、高速度撮影によるフラワーシャワーのディテールの見え方などが見事な高画質で、邦画の画質として新しい地平を拓いた画期的な作品です。夢見心地のような感覚で見惚れる映像美。被写界深度を浅く取った画面設計により、非常に立体感のある6Kのディテール感がしっかり出ています。その明快な意図を感じさせる奥行き感は、表現力に余裕のあるBDならではのパフォーマンスですね。正にこれまでの邦画における画質の常識を圧倒的に覆す作品として、グランプリ級の評価を与えたいと思いました。

――思えば邦画作品の大賞は第2回「崖の上のポニョ」以来出ておらず、実写作品はまだないですから、これはかなりの高評価ではないですか? この調子で是非、邦画の実写作品から大賞を取る作品が出てくることを期待したいです

麻倉氏:その他の注目作品に「orange-オレンジ-」も挙げておきましょう。高野苺原作コミックの大ヒット青春純愛映画作品です。良い意味で日本的なフラットさと、スッキリとした滑らかな感じが特徴的で、徹底的にディテールを追い込むのではなく、日本的情緒感を上手く画質に転換しました。散る花弁、風になびく髪、未来の自分からの手紙、息をのむほどの素晴らしい導入部が特に印象的です。

 もう1つ、江戸時代のラブロマンス「宮城野」もすごいです。矢代静一による芝居「宮城野」を基に、1999年に「夢路人形」でデビューした山崎監督が映画化した作品で、まるで歌舞伎の舞台を見ているような味わいを感じる、ものすごく作り込んだ映像です。暗闇の中におけるろうそくの灯りだけが、舞台中の色の凄さ、凄まじい色彩感、黒の徹底した沈みを映し出し、非常にアーティスティックな映像でとてもフィルム的です。グレーンがとても多く、色の彩度も実に印象的でコダワリの極地の様な映像なのですが、あまりのコダワリぶりが玄人好み過ぎて、アワード受賞とはいきませんでした。

最近はオーディオビジュアル的観点での進歩が著しい邦画映画。アワード受賞は岩井監督作品「リップヴァンウィンクルの花嫁」だが、麻倉氏は時代劇ラブロマンス「宮城野」の画質的美意識も高く評価した

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