加速度センサーの搭載によるゆらぎインタフェースも、N702iSの特徴の1つ。中でも佐藤氏が重要視したのは、赤外線通信でデータを転送する際の水の音や動作だという。
「リアルな水の音と、自分のグラスから相手のグラスに液体を注ぐような動作で、相手に情報を伝える──という部分が、こだわっていたところ」(佐藤氏)。
電池の残量に応じて待受画面の水面の高さが変わるのも、凝った演出の1つだ。「本来、電池が減っていくというのはネガティブで、見ていてあまり楽しいものではありません。これを感覚的に、より伝わりやすくしたかった。少しでも楽しい気持ちになれば、と考えたのです」(佐藤氏)
こうした“感覚的”なアプローチは、端末の随所にちりばめられている。端末を振るとアラームが止まる、泡をイメージしたLEDで着信やメールの受信を知らせる、といった具合だ。
感覚的なインタフェースを表現するために使われたのが、加速度センサー。これまでにも、ボーダフォン端末でUIと連携させる形で採用された例があるが、「N702iSではもう少し感覚的に使った」と、NECモバイルターミナル事業部商品企画部の児玉早苗氏は説明する(7月31日の記事参照)。
「待受画面の水面のイメージが強くありました。これまでにも、振ってゴルフゲームをしたり、メニューを選択したりする例がありましたが、もう少しエモーショナルなところで使えるのではないかと思ったのです」(児玉氏)
待受画面の水面のゆらぎは、Flashと加速度センサーの連携で表現している。加速度センサーで検知した傾きを、水の動きと連動させるのは難しく、Flashとセンサーそれぞれの特性をうまく引き出して、よりリアルな水を表現するためのチューニングを行ったという。
「試作段階の“1本線が動くだけ”という状態から、波打つところを細かく足しながらチューニングしています」(児玉氏)
佐藤氏は、こうした遊び心のあるインタフェースを提案した理由は「余白や間があるからこそ、人が入り込みやすくなるから」だと説明する。
「N702iSには、実は無駄な部分が多い。基板を効率よく収めるという観点から見れば、丸みを帯びた形や透明感を出すための厚みのある樹脂、加速度センサーも機能としてはなくてもいいものです。ただ、今はそれが無駄ではなくなってきているのかな、と思う。余白や間があるからこそ、人が入り込みやすくなる。実際は泡が出ても出なくても機能上は大差ないけれど、やっぱり“泡を意識する”のにこだわることが大事なのではないかと思うのです」(佐藤氏)
ユーザーが積極的に触れないと、実感として分かりにくい水の動きや音についても、「一歩引くことによって、逆に人を誘引する」という。
「これまでの携帯は、手に取らなくても写真で魅力が伝わるような、悪く言えば“押し付けがましいデザイン”だったように思います。N702iSは、実物を見ないと分からない、体験してみないと理解できないという、“一歩引いた”デザイン。一歩引くことによって、逆に人を引き付けるデザインに仕上がったのではないかなと」(佐藤氏)
佐藤氏はnendoのWebサイトの「ニッキ」に、今回の携帯デザインの作業は「ハードとソフトの関係の整理方法が、空間デザインに似ている」と記している。
「空間を組み立てていくときには、材料や構造(ハード)を考えながら、それと並行してそこに人が訪れたときにどんな感覚を持つのか、ということ(ソフト)をイメージしなくてはならない。光や音、どこまで歩かせるか──など、ソフト的なところとハード的なところを、行ったり来たりしながら、連動させてデザインします。携帯電話の場合も、できるだけそれに近い手法で作りたいと考えました」(佐藤氏)
デザインのプロセスを空間デザインのプロセスと似せることによって、“人に対して携帯電話をより身近なものにする”ことを意識したという。
「そうすることで、空間に置かれても違和感なく、インテリアにもマッチするものができると思いました。例えば、これまでの携帯は寝かせて置かれているけれど、テーブルの上に立てて置くのも新しい。実際、コップは立てて置かれているもので、そのほうがインテリアにも溶け込みます。着信にも気付きやすいなど、情報も取り込みやすいのではないか──と、そんなことを考えながらデザインしました」(佐藤氏)
今後、また携帯電話を作るとしたら、どんな端末を作ってみたいかという質問には、佐藤氏らしい答えが返ってきた。
「こういうのを作りたい、というのは特になくて、その場その場に応じたデザインになるのかな、という気がしています。感覚に訴えるエモーショナルな部分を、これからも提案したいですね」
空間、建築、携帯電話と、デザインする対象が変わっても、人とモノをつなぐ感覚的な部分にこだわりたいという思いは一貫している。「たぶん、エモーショナルな部分が発展していくと新しい機能がすぐ出てきて、またそれをつなぐために、エモーショナルな部分が発展して……と、交互に発展していくものなのかな、という気がしています」(佐藤氏)
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