SKTの異色ショッピングモール登場――「11番街」が韓国EC市場に与える影響とは韓国携帯事情

» 2008年03月13日 01時00分 公開
[佐々木朋美,ITmedia]

 韓国の携帯電話キャリアであるSK Telecom(以下、SKT)は、2月27日にショッピングモール「11番街」をオープンした。PCでも、モバイルでも、どんな環境でも利用できる、いわゆる固定/携帯融合型サービス。これは韓国で“オープンマーケット”と呼ばれる形態のショッピングモールだ。オープンマーケットとは、巨大なショッピング空間に、それぞれの店が入店する形式のショッピングモールを指す。

目指すは取引額1兆ウォン

photo 「11番地」のロゴマーク

 韓国ではこの手のオープンマーケットが大変人気だ。売り手としてはテナント料さえ払えば、大きな元手なしにオンラインショップを開設でき、大々的な広告を打たずとも他店との相乗効果でアクセスが期待できる。また買い手は、さまざまな店から商品を選ぶことが可能だ。ショップ間の競争が激しいオープンマーケットでは、価格も安めに抑えられており、買い手にもメリットがある。SKTの11番街もこのオープンマーケット形式で、テナントを募集中だ。

 SKTはこれまでに、書店の「モーニング365」や、化粧品店「Cherrya」、洋服店の「neotam」と、オンラインショップを立て続けに買収しており、これらの店舗ももちろん11番街に入店している。SKTがリテール企業の買収を繰り返したことで、通信インフラとは別の分野へ進出するのは時間の問題と噂されていた。SKTの11番街オープン+傘下サイト入店という動きに対し、韓国EC業界は“ついに出てきたか”という反応を示している。

 SKTは「現在、8兆ウォン(約8500億円)規模の韓国オープンマーケット市場は、2012年には20兆ウォン(約2兆1240億円)になる見込み。当社はオープンマーケットで2008年に市場3位、2009年には取引額1兆ウォンを達成させたい」と勢いづく。ちなみに韓国最大手のオープンマーケットサービスといえば「Gマーケット」だが、ここでは2007年に3兆2486億ウォン(約3450億円)の取引額を達成している。これに比べると1兆ウォンというSKTの目標は3分の1程度にしかならないが、競争の激しいこの分野においてこの目標は高い方だと言えよう。

 業界関係者の話によると、SKTは11番街のために1000億ウォン(約106億円)近い莫大な資金を投入するということだ。この額が正確かどうかは別にしても、目標の高さから大規模な投資が行われると予測できる。

photo 「11番街」のWebサイト

SKTのノウハウを生かす

 いくらSKTが買収した企業を通じて、ECサイト運営のノウハウを積んだとはいえ、先行するそのほかのECサイトに比べて知名度、信頼度、ノウハウ、店舗数など、まだまだ及ばない部分は多い。

 しかし、コンテンツに関してSKTは、ノウハウも強力なグループ会社もある。そこで11番街では、単に買い物をするだけではない、プラスアルファのサービスを複数提供している。11番街最大の特徴がこのコンテンツ連携といえるだろう。

 もっとも特徴的なのは、コミュニケーションサービスの「Harue Say」だ。会員になれば自分のブログを開設できるが、普通の日記ではなく“買い物専用ブログ”というのが面白い。買った商品の感想/今買い物かごにある商品/購入した商品/お気に入り商品/こんな商品を探しています……といったカテゴリ別に書き込みができる。商品を通じて、自分と趣味の合う人、質問に答えられる人、共感できる人との交流が始まるというわけだ。

 また、サイト全体で注目されている商品やすでに買い物かごに入っている商品、購入した商品、人気商品検索語ランキングなどが公開され、11番街のトレンドを把握できる。さらに、こうしたショッピング情報は他社のブログに複製したりリンクすることも可能だ。

photo モバイルサイトを開いてみると、「2008年3月中にオープン予定」との告知が

 当然11番街には、携帯電話との連動機能も用意されている。自分の携帯電話番号を登録し専用の番号にSMSメッセージを送ることで、Harue Say上のSMS専用スペースに投稿できるのだ。SKTだけでなく、KTFやLG Telecom(以下、LGT)のユーザーも利用できるので、キャリアの垣根を越えた交流が楽しめる。

 ちなみにSKTは、2007年12月に「tossi」という固定/携帯融合型のSNSをオープンした。tossiは、相手がtossiに未登録でも、加入者の携帯電話やインスタントメッセンジャー(IM)から“tossi友達”として招待できるほか、他キャリアユーザーもSMSから記事の投稿が可能というオープンなサービスだ。

 11番街やtossiのような動きを見ると、SKTが固定と携帯だけでなく、他キャリヤやほかのWebサービスも自社サービスと融合させようとしている姿が見えてくる。以前は顧客を囲い込むことで他社と差別化するようなサービスが多かったが、最近は開放する傾向が高いようだ。

 さて、11番街のモバイル版サイトは3月中のオープン予定だが、原稿執筆時にはオープンしていない。オープンすれば、携帯電話からの会員加入、モバイル用クーポン使用、買い物かごチェック、商品注文などが可能となるということで、スタートが楽しみだ。

韓国モバイルEC業界の現状

 携帯電話を使ってオンラインショッピングを行うモバイルECは、日本ではかなり普及している。では、韓国の現状はどうだろうか。1つの目安として、韓国インターネット振興院による「2007年 無線インターネット利用実態調査」(満12〜59歳の3000人が調査対象)のデータを参照してみたい。

 これを見ると、モバイルインターネットで利用するサービスの中で、ショッピングはわずか2.8%にとどまった。そもそもショッピングの項目を含む「経済活動」が全体的に少ない。

photo モバイルインターネットでよく利用するサービス一覧(最近1年以内に利用したもの。複数回答)。韓国ユーザーは、着メロや待ち受け画面ダウンロード、音楽、メッセージ、ゲームなど、割とオーソドックスなコンテンツを楽しむ傾向が高い様子(「2007年 無線インターネット利用実態調査」より)
photo NATE オークションのトップ画面

 これほど利用率が低いのは、サービスの質に問題があるのだろうか。試しにSKTが提供している「NATE オークション」にアクセスしてみた。

 商品の出品から入札/落札といった一連のオークションサービスはもちろん、激安販売イベントの「今日の1000ウォンショップ」、毎日ランダムな時間に半額セールを行う「びっくり半額競売」など、さまざまなイベントが用意されている。日本の「ケータイ版楽天市場」などと比べると、商品やメニューの“盛りだくさん感”が薄いものの、最低限の取引機能やイベントなどは用意されている。

 しかし、商品のジャンルによって出品内容に差があるのが目立つ。1つの商品カテゴリーの中に、全部で数点しか品ぞろえがないものや、たまに1つも商品がないこともあり、入札数が「0」というのも珍しくない。あまり多くの人が参加しているようにはみえないのだ。とはいえ、閑散とした雰囲気はあるものの、気に入った商品さえあれば落札することはできるので、ネットオークションとしては成立しているといえるだろう。

 サービスの質よりももっと問題なのが、商品を探すのに費やすパケット通信料だ。モバイルインターネット利用時のパケット通信料は、韓国のケータイユーザーにとって頭の痛い問題だ。さまざまなパケット定額プランがあり、携帯電話でメールやインターネットを使うことが当たり前の日本とは大きな違いといえるだろう。韓国でも定額料金制はあるのだが、ネット接続への負担感は払拭できていない。

 韓国インターネット振興院の調査によると、モバイルインターネットに接続した際の連続接続時間でもっとも多いのは「3分未満」だという。これほどの短時間では、欲しい商品をじっくりと探すことは難しいだろう。

photo モバイルインターネットに接続した際の平均利用時間。3分未満がもっとも多く、平均利用時間は5.1分

 NATE オークションのほかにも、韓国の有名オンライン書店がモバイル向けに出店した「モバイル書店」、商品を動画で見ながら買える「モバイルTVホームショッピング」、メンバーシップカードのポイントで買い物をすると割引してくれる「TTLショッピングモール」など、携帯電話向けサービスはいくつもあるのだが、どれもモバイルEC市場を活性化するほどではないようだ。

 固定回線によるインターネットがいち早く発達した韓国では、PC向けWebサイトの商品やサービスが充実しており、モバイル向けサイトが見劣りする感も否めない。

流通、コンテンツ、そして金融を目指すSKT

 11番街の今後の可能性については、まだ開始したばかりで先が見えない部分もある。しかし固定と携帯を融合させ、コミュニケーションから物販につなげようというコンセプトには、SKTの努力が垣間見える。

 またSKTは、3月初旬に中国の音楽制作会社TR Musicの持分株式42.2%を取得。中国Taihe Mediaとともに、TR Musicの最大株主となった。韓国国内でも同様に、音楽制作会社のソウル音盤を買収するなどして、流通だけでなくコンテンツ制作元の確保にも力を注いでいる。

 また同社は、米Citiグループと共同で、モバイル金融サービス市場に進出するとも発表した。3月初旬には、SKTとCitiが50%ずつ出資したジョイントベンチャー「Mobile Money Ventures」を設立。流通とコンテンツ配信に加え、金融市場にも打って出る狙いだ。

 Mobile Money Venturesは、NFC(Near Field Communication)を利用したモバイル決済や、オンラインバンキング、証券取引、位置情報を使った広告やクーポン配信などの事業を手がけるという。2008年下半期にアジアや米国で試験サービスを行った後、2009年にはサービスエリアを拡大する予定だ。ちなみに11番街も「国内市場が安定した後は海外へ」(SKT)と、早くから目線は世界にある。

 SKTは2004年に、固定/携帯融合、月額定額料金という新しいコンセプトの音楽配信サービス「MelOn」をオープンさせた。当時は無料の音楽ダウンロードサイトが多く、MelOnにはさまざまな意見が出されたが、音楽をダウンロード購入するという習慣を韓国ユーザーに定着させ、ユーザー数も韓国で上位につけている。

 このサービスはSKTユーザー、またはMelOnのDRMに対応するプレーヤーでしか利用できず、「客の囲い込み」「独占的サービス」という批判もあった。これと正反対に、オープンなサービスして始まった11番街をみると、SKTは自社だけでなく、他社のユーザーも巻き込んだ、より大きなユーザーコミュニティを作ろうとしているのが分かる。

周辺サービスを充実させ、モバイルECへ集客

 SKTの11番街と同じく、他サイトとの連携という切り口でモバイルEC市場に進出したのが、韓国で3位に入る大規模なオンラインショッピングモール「Interpark」だ。同社は最近、モバイルポータルサイト「541」をオープンさせた。ショッピングだけでなく、ニュース/マンガ/エンターテインメント情報/コミュニティなど、さまざまなコンテンツにアクセスできる。

 現在はオープン直後ということもあり、すべてのコンテンツを無料で提供している。だが最終的には、同社が得意とするショッピング事業の活性化を目論んでいるようだ。

 韓国でなかなか盛り上がらないモバイルEC市場だが、ショッピングやオークションだけを扱うのではなく、コミュニティやエンターテインメントなど、周辺的なサービスの魅力でユーザーを引き込み、最終的にショッピングにつなげるという展開が多い。

 ただし、それにはショッピングサービスの質も高くなければならない。業界関係者の話によると、韓国のショッピングモール関係者が、モバイルショッピング市場が活況を呈している日本を参考にするため、日本に足を運んでいるという。今後、より強力なモバイルECサービスが韓国でも登場することが期待できそうだ。

 今のところ11番街は、一般ユーザーよりもモバイルECや流通業界からの注目度が高く、一定の緊張感も与えている。こうした緊張感が他社を刺激し、市場全体が大きく飛躍する機会になってほしいものだ。なによりも先駆者たる11番街の活性化は必須で、自社モバイルインターネットの活性化がかかっているSKTにとっても、なんとしても成功させたい“本気”のサービスと言えるだろう。

佐々木朋美

 プログラマーを経た後、雑誌、ネットなどでITを中心に執筆するライターに転身。現在、韓国はソウルにて活動中で、韓国に関する記事も多々。IT以外にも経済や女性誌関連記事も執筆するほか翻訳も行っている。

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