「電話が嫌いだから、ケータイは持たない」――押井監督が語るケータイ論とは

» 2008年07月30日 19時58分 公開
[平賀洋一,ITmedia]
photo アーティストの石井竜也氏(写真=左)と映画監督の押井守氏(写真=右)

 NECは7月29日、携帯電話による“究極の選択”をテーマにした動画コンテストの表彰式を開催した。コンテストには183作品がエントリーし、動画共有サイト「filmo」での一般投票を経て審査員らにより20作品が本選へ選出。表彰式にて最優秀賞の大賞1作品と、優秀賞の入賞1作品、特別賞3作品が発表された。

 大賞に選ばれたのは「欲望に生きた男〜クライシス風味〜」。浮気がばれ、携帯電話のアドレス帳を全削除するかしないかの判断を迫られた男の危機を、『24 TWENTY FOUR』テイストで描いた作品。入賞には、携帯電話の送信履歴や予測変換など浮気の証拠を巡る男女の戦いを描いた「世界浮気見破りグランプリ」が選ばれた。

 そのほか特別賞として通販番組のパロディで究極のアウトドアケータイを紹介する「この夏!海ケータイか!?山ケータイか!?」(監督賞)、自分に変わって何かを判断してくれる“選択”アプリを描いた「せんたくん」(モバイルエンターテインメント賞)、極道親子がやり取りするメールが結末を左右する「JINGI」(クリエイティブ賞)の3作品が選出された。

photo 主催者としてあいさつするNEC モバイルターミナル事業部 事業部長代理兼チーフクリエイティブディレクターの佐藤敏明氏

 表彰式には、最新作「スカイ・クロラ」の公開を8月2日に控えた映画監督の押井守氏が出席。審査の様子を振りかえり「僕は今回の作品を2分間の『映画』として審査した。とくにこういうコンテストで映画として評価を受けるには、きれいなものや面白いものなど、そそる何かが映っていることが大事。大賞作品はキャスティングがすばらしく、演出にスキがない。見ず知らずの人に映像を見てもらうのは本当に難しいが、“人の顔”という身の回りにあふれているものを生かすことができるはず。(大賞作品は)キャラがたっており、ナレーションなどをテンポ良くまとめるなど、良く撮れている」と総評した。

 同じく審査員を務めた石井竜也氏は、ミュージシャン、アーティスト、映画監督とさまざまな立場から、「実はケータイを持っていなくてあまり詳しくないが、いろいろなことができることが分かった。どれも映像が非常に凝っていて驚いたが、作っている人のノリが伝わってきた。そういう情熱を持って一気に作り上げるのは、重要なことで勉強になった」とコメント。映画評論家でクリエイティブディレクターの樋口尚文氏は、同じ浮気をテーマにした作品が上位を占めたことに触れ、「ケータイメーカーの動画コンテストなのに、ケータイは浮気の道具だとか、“コレには耳かきが付いてます”などケータイの多機能ぶりをパロディにしたりと、どこかケータイをアンダーグラウンドにとらえてよかった。こういうアングラさを許したNECさんはアッパレだと思う。クリエイティブなことは不健康でないと面白くない。次回があるかないか分らないけど、もっとケータイのアングラな面を掘り下げてほしい」とエールを贈った。

photophotophoto 「“人の顔”という身の回りにあふれているものを生かすと、面白いモノが撮れる」と話す、押井監督(写真=左)。石井氏は「情熱やノリで作ることの大事さを実感した」とコメント(写真=中央)。樋口氏は「浮気とか、不健康なものが面白い。次回があるなら、アングラ部分をもと掘り下げて」と評した

photophoto 表彰式に参加した本戦選考作品の制作者たち(写真=左)、表彰を受けた5人と審査員(写真=右)

「欲望に生きた男〜クライシス風味〜」で大賞を受賞した神田さん。賞品は、映画の都ハリウッド5泊7日の旅と、現金100万円のどちらかという“究極の選択”だった

「世界浮気見破りグランプリ」で入賞した城田さん。沖縄での豪華離島リゾートと、現金50万円の選択を迫られ、現金を即決

そのほか3作品が、特別賞として選ばれた

“ケータイを持ってない”2人の携帯電話論&仕事術

photo ケータイを持っていないという、押井監督と石井氏

 表彰式の後には、押井監督と石井氏によるスペシャルトークライブが行われた。ケータイを持っていないという石井氏は「なんか、押井さんもケータイ持ってないって言ってましたよ」と発言。押井監督は「何より電話が嫌い。さすがに家には普通の電話があるけど、年中留守電になっていて、鳴ってもまず出ない。電話に出るのもかけるのも苦手」とコメントした。

 「人に会って話すのが仕事ですから、それに一生懸命。だから、仕事が終わったら、誰とも会いたくないし、誰とも話したくない。携帯電話を持たないという“強引な方法”で何とか、自分の時間を作っている感じ。でも、周りの人間は相当迷惑してると思う(笑)。そうでもしないと、永遠に自分の時間を作れない」(押井監督)

 「持てば使うだろうけど、持たないと決めるとあきらめがつくものです。でも最近すごいなと思うのは、ケータイの音楽ダウンロード。『レコード会社』ってどこにあるんだっけと思うほど、個人とアーティストの関係が近づいた。昔はレコード店で探したものも、今じゃ指一本で探せる。音楽家と聞く人間にとってはいい時代ですけど、プロミュージシャンという立場では、(CDやDVDなど)物品を買ってほしい(笑)」(石井氏)

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 ケータイがインターネットにつながり、手軽に情報の検索や入手ができるなったが、押井監督はそれこそが不満の1つと語る。「作り手と受け手の距離がどんどん縮まっている。情報もすぐに探し出せる、音楽も映像も一発でダウンロードできる。でも情報には、形や種類だけでなく、クオリティという情報もある。僕が電話嫌いな理由は、電話は声しか“伝わらない”から。相手の気持を察せなくて、必要なことを伝えられないことが多い。今のクオリティではそれが不満。さまざまな情報を簡単に探せても、情報そのものが劣化している」(押井監督)

 また、「DVDやデジタル放送で、映像作品を自宅で見る機会が増えたが、映画館という暗闇の中で、大勢に交じって1人で見るという体験は大事。情報の入手手段は豊かになったけど、情報そのものは豊かではないなら本末転倒だ。僕自身はネットもあまりしないが、ネット上の情報でも背後にそれを作った人間がいることを忘れると、『これとこれは知っているけど、あれとそれはいらない』を繰り返して、世界が消費の対象になってしまう。それはあまりにも貧しい。情報は依然として、量じゃなくてクオリティが大事」と、考えを述べた。

 クリエイターを目指す人々へのコメントを求められた2人は、次のように語ってイベントを締めくくった。

 「僕は歌を作るときに、自分なりの恋愛観とか人生観とかを元にしている。それには、人と人の会話とか、チームワークとかが大切になってくる。人間は1人で生まれて、1人で死んでいく。今の若い人は1人でいることが苦手なのでケータイやネットに頼るのかもしれないが、それは幸福なのか不幸なのか分らない。今回のコンテストでも人間的な側面を描いた作品が評価された。そこは変わらないと思う」(石井氏)

 「クリエイティブな仕事の基本は、人を楽しませること。お金ではなく、手間暇さえかければ見つかる、人に見せるべき面白いものとは“人間”だ。人間を通して人間を伝えることで、クリエイティブなことが生まれる。またそれは、自分だけの自分と、他人とかかわるときの自分の両方があって成立する。どちらか一方ではダメ。だから『あの映画を見た、これを知っている』と情報をさばくことではなく、『あの映画がこう面白かった、ここが良かった』ということが重要。モノを作るとか、人を喜ばせるとかは、面白いことを共感できる仲間がいないと始めることができない。その時、自分よりも才能があるヤツがいたら、そいつに作らせればいい。自分を捨てることで、自分が生きることがある。自分を捨てられる誰かと出会うことが、一番クリエイティブなこと」(押井監督)

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