カナダにみるNFCとモバイルペイメントの最新事情――北米は業界トレンドのリーダーになれるか?(2/3 ページ)

» 2013年12月19日 12時00分 公開
[鈴木淳也(Junya Suzuki),ITmedia]

カナダのNFC展開状況は?

 NFCに関する話題で世界中を取材している筆者にとって、トロントの取材で最も気になったのが「カナダでのNFC展開状況」だ。国全体でNFCのインフラ一斉展開ができる例はごくまれで、香港やシンガポールなどの都市国家に限られる。ゆえにカナダのように国家面積は広いが人口が少なく偏っているエリアでは、大都市圏を中心に展開されるか、テストケースということで中規模クラスの街でまず実験サービスを立ち上げ、それを順次全国展開していく形となる。後者の典型例がISISで、まず米ユタ州ソルトレイクシティとテキサス州オースティンの2都市で1年半ほどテストを実施し、その後の全国展開となっている。だが全国展開まで時間が比較的かかるうえ、カナダのように南エリアに極端に人口が偏っているケースでは、前者の大都市圏中心の展開がコスト効果的にも最適だと思われる。

 トロントでの展開状況についていえば、世界的にみれば上位にはあるものの、まだまだこれからといった印象が強い。MasterCardのPayPassやVisaのpayWaveなど、非接触決済に対応したPOSターミナルは比較的多くの小売店で見かけるが、滞在中に実際に来店客が利用している姿を見たことはなく、利用率向上が今後の課題になるとみられる。公共機関で使用する身分証のNFC導入や(日本でいう住基カードや免許証など)、地域交通機関でのICカード導入など、実際これからというプロジェクトも多い。Type A/BとFeliCaという技術の違いこそあるものの、ごく普通に利用が広まっている香港や日本と比べれば雲泥の差だ。

photophoto MasterCardが市内のStarbucks店舗でモバイルウォレットとMasterCard PayPassによる非接触決済のデモを披露しているところ(写真=左)。日本のようにタッチするだけで決済というわけにはいかず、いったん端末でウォレットアプリを開いてPINコード解除した状態でタッチする必要がある(写真=右)
photo 同国の金融と通信事情について解説するオンタリオ州経済開発貿易雇用省シニアセクターアドバイザーのDavid Wai氏

 このカナダの現状について、同国オンタリオ州経済開発貿易雇用省シニアセクターアドバイザーのDavid Wai氏は「スマートフォン普及率が高く、POSターミナルの普及率も諸外国に比べて高く、特にEMV対応で先行してきた経緯もあり、米国を抜いて北米でのNFC展開はどこよりも進んでいる」と強調している。

 スマートフォン普及率というと、世界的にはAndroid端末とiPhoneのことを指すが、ここカナダでは地場メーカーであるBlackBerryの勢力が非常に強く、「モバイルペイメントが可能なNFC機能を搭載したスマートフォン」の普及率はWai氏が言うように、世界トップクラスに位置する。とはいえ、電子送金を含むモバイルペイメントの比率は同国の全金融トランザクションの2%程度を占めるに過ぎず、前述のように実際に商店で非接触カードやスマートフォンを使って決済を行う姿をほぼ見かけないのも当然といえる。

photophotophoto カナダにおける携帯電話普及状況とその内訳。他国のように人口に対する普及率が100%を超えてこそいないものの、スマートフォンの普及比率は非常に高く(写真=左)、そのシェアも大手3社が比較的僅差で争っている状態だ(写真=中)。NFC対応スマートフォンのユーザー比率が高いのも特徴だ(写真=右)

 もう1つ、カナダの金融事情で興味深いのが「デビット(Debit)」決済によるトランザクションが数と金額ともにかなりの割合を占めており、クレジットカードのそれを上回っている点だ。依然として現金(キャッシュ)による取引が全体の半数を占めているものの、クレジットカードの利用率が14%程度なのに対し、デビットは21%となっている。今回のツアーでも紹介されたが、そのデビットサービスを手がける事業者の1つがInteracで、街の商店では同サービスが利用できることを示すInteracのロゴを見ることができる。InteracはRBC(Royal Bank of Canada)やCIBCなど複数の金融機関によって設立された団体で、これら金融機関とのデビット系トランザクションの仲介役を果たしている。

 デビットカードは、一般に磁気カードタイプのクレジットカードに比べても高いセキュリティレベルが要求されるため、POSへのEMV導入とともに機材刷新のタイミングでNFC導入を行う契機にもなる。非接触デビット対応POSは、McDonald'sや、カナダに多数店舗を展開しているファストフードチェーン店のTim Hortonなどで試験導入が進んでいるほか、同社自身も「Interac Mobile」というスマートフォンユーザーを取り込むモバイルウォレットの仕組みを模索しており、今後ユーザー層を拡大していくとみられる。いずれにせよ、利用者の多い支払い手段を店舗側がサポートしないことは販売機会損失につながるため、Interacの進展に合わせて対応店舗も今後徐々に増えていくはずだ。

photophoto NFC対応POSの普及率が高いのもカナダの特徴といえる(写真=左)。金融トランザクションのおよそ半数は現金(キャッシュ)によるものだが、次いで21%がデビットカード、14%がクレジットカードによるもの。このデビットカード普及率が非常に高いのがカナダ特有の現象であり、サービス各社はこれを考慮する必要がある(写真=右)

モバイルとの連携、そして交通系カードの現状

 前述のようにカナダではスマートフォン普及率が高く、さらにNFCに標準対応したBlackBerryの利用率が高いこともあり、これを用いた実験サービスがすでにスタートしている。国内最大手Rogers Wirelessは「Suretap」というモバイルウォレットサービスを、NFCサービス対応SIMとともに2013年11月から正式に提供しており(関連リリース)、2014年以降はこのSuretapウォレット上で提供可能なサービスを拡充していく意向だ。大手チェーン系が中心だが、非接触決済対応POSが都市部では比較的普及しているため、使える場面は比較的多いと思われる。

 このほか、MasterCardとの連携でRogers Prepaid MasterCardが使えるようになっている。これはGoogle Walletなどでも提供されている、クレジットカード契約がない状態でもGoogle Walletによる決済(キャリア決済)での支払いが可能なバーチャルカードシステムで、ギフトカードによる追加チャージができたり、またはほかのクレジットカードを登録しての支払いなど、支払い方法の柔軟性が高いことが特徴だ。NFC決済のためだけにカード契約を新たに追加する必要なく、サービスの利用機会を増やす仕組みの1つだといえるだろう。複数の支払い手段をまとめるという意味では、MasterCardの「MasterPass」に近い仕組みともいえる。

 モバイルウォレットの大きなメリットとして、決済のためのクレジットカードだけでなく、身分証明書やクーポン、ポイントカード、アクセスコントロールに利用されるカードキーなど、複数のカード情報を1つのデバイスに束ねられることが挙げられる。2014年以降、RogersがどのようにSuretapのサービスを拡充させていくかは不明だが、ユーザーが比較的利用する可能性の高いクーポンやポイントカードを拡充させるために、多数の小売店との提携が必要になる。磁気カードリーダーのみの決済端末ではモバイルウォレットは利用できないため、NFC対応POSの展開も含め、このあたりは当面大都市圏が中心になるとみられる。

photophotophoto Rogersは3つのフェイズに分けて1年ごとに順次モバイルウォレットサービスを同社顧客に展開している。現在はフェイズ2で、11月に正式サービスがローンチされたばかり。ウォレットサービスの利用には専用SIMが提供され、これによりクレジットカード情報の保存が可能になる

 交通系カードも、このようにして束ねられるカード情報の1つといえる。日本でもモバイルSuicaを利用しているユーザーは多く、これを理由におサイフケータイ対応端末を選ぶケースもあるだろう。カナダでは、交通サービスでのICカード導入は比較的遅れているといえる。トロント大都市圏(GTA)では、ハミルトン地区を含む「GTHA」のエリアをまたいで公共交通機関の改札処理を行う機関をMetrolink傘下の企業として設立し、現在では「Presto」の名称で市中心部のユニオン駅を含む一部区間で正式サービスとしてスタートしている。

 今のところ、Metrolink傘下の通勤列車であるGO Transitの一部駅での運用にとどまっており、本来は信用乗車システムの同鉄道において、駅に設置された専用端末にPrestoカードをタッチする形で乗降処理を行う。2014年にはトロント市内を走るバスやトラムにも展開される予定で、この場合Prestoの運賃計算は「最も安価なルートと料金プランを提示」するようになっており、Prestoカードの利用がデメリットにならないよう配慮されている。

photophoto Metrolink子会社のPrestoは、トロント都市圏の交通決済を束ねる「Presto Card」のサービスを提供している。現在はまだ通勤列車のGO Transitの複数駅で対応しているのみで、トラム(ストリートカー)やバスなど、多くの交通機関への展開は2014年以降となる

 2015年には待望のトロント・ピアソン国際空港と市内のユニオン駅を25分以内に結ぶ「ユニオン・ピアソン・エクスプレス(UP Express)」が、同年夏開催の「2015 Pan American Games」(http://www.toronto2015.org/)を目標に建設途上にあり、UP Expressでは車内Wi-Fiサービスのほか、Prestoでの乗車も可能だという。ただし、Prestoは住民サービスの一環として提供されているものであり、ほかの一部のIC交通カードがそうであるように(欧州の地方都市系に多い)、一般的な旅行者や外国人には現時点で開放されていない。便利なサービスだけに、このあたりが残念なところだ。将来的にはクレジットカードを直接交通系カードとして利用する「オープンループ」への対応や、モバイル対応をうたっているものの、まずは「非接触ICカードによる乗降システムの普及」という点に力を入れるようだ。

photophoto 2015年に開通する空港特急「Union Pearson Express」でもPrestoは利用できる。ただし旅行者にはPrestoが現時点で開放される予定がないため、利用できず残念(写真=左)。ユニオン駅などに設置されているPrestoの検札端末。駅の端に設置されており、ここにタッチしてから乗車する。GO Transitは信用乗車システムを採用しているため、こうした形態になると思われる。なお、バスやトラムに搭載される検札端末はより小型のものになりそうだ。システム的にはロンドン交通局(TfL)が採用しているOysterとほぼ同じもののようだ(写真=右)

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