25年の歳月をかけて誕生 カシオの自動作曲アプリ「Chordana Composer」とは?佐野正弘のスマホビジネス文化論(2/2 ページ)

» 2015年05月22日 11時00分 公開
[佐野正弘ITmedia]
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自動作曲は25年以上の歳月をかけて実現

 カシオ計算機はデジタルピアノや電子キーボードなどの電子楽器事業を手掛けている。それだけに、カシオが自動作曲ツールを開発すること自体は自然な流れともいえるが、なぜそれを電子楽器ではなく、スマートフォンで実現することになったのだろうか。南高氏によると、それには25年以上の積み重ねがあるのだそうだ。

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 南高氏がカシオに入社した1982年当時は、ちょうど“人工知能”のブームが起きていた頃でもあった。カシオとしても人工知能を応用した取り組みをするべく、自動作曲がテーマに選ばれた。南高氏は1986年に研究開発部門へ移り、自動作曲を本格的に研究。1988年には現在のChordana Composerのベースとなる、自動作曲に関する論文も発表している。

 だが論文を発表した当時は、「ハードの性能やコストなどの面で、自動作曲には限界があった」(南高氏)という。当時試作した自動作曲システムはメディアに取り上げられ話題になったものの、機械的な繰り返しが多いなど音楽的に不自然な部分が多く、イントロやサビを付けたりすることもできなかった。社内で「音楽的にいまいちでは」という評価を多く受けたこともあり、実際の商品に「自動作曲を導入する自信がなかった」と南高氏は振り返る。

 南高氏は後に電子楽器の開発部門へ戻り、自動でコードを付けてくれる電子キーボードの“カシオトーン”「VA-10」、テレビと接続して大画面で作曲や素材を組み合わせた曲の制作ができる「GK-700」といった製品の開発に携わることになる。この2つには過去の研究を元にしたアレンジ機能など、現在の自動作曲に連なる要素を組み込まれているのだが、当時も本格的な自動作曲機能の導入にはやはり至らなかったそうだ。

 その後しばらく、南高氏は自動作曲を“封印”し、社内で電子楽器の研究や開発を続けていたのだが、転機は2012年に訪れた。カシオ社内で新しいビジネスを立ち上げることとなり、南高氏もこのプロジェクトに参加。そこで開発されたのが、曲中のオーディオファイルからコードを解析する“自動耳コピ”というべき技術を用いた2つのiOS用アプリだった。それが、曲に合わせて楽器やパッドをタップし和音が奏でられる「Chordana Tap」と、曲中のコード譜を画面に表示して確認できる「Chordana Viewer」だ。

「Chordana Tap」(写真=左)と「Chordana Viewer」(写真=右)

 2013年に配信したこれらのアプリが一定の成果を収めたことから、南高氏は専任でスマートフォンアプリの開発に取り組むこととなった。そこで新たに取り組んだのが、南高氏が「どうしたらいいか、常に考えていた気がする」と話す自動作曲機能だった。

 開発を志してから25年以上。その間、自動作曲のノウハウは蓄積され、ハードの性能も劇的に進化した。スマートフォンには電子楽器より高性能なプロセッサーが搭載され、タッチパネルという汎用的なユーザーインタフェースも備えている。積み重ねられた資産と、環境の変化を活用することで、懸案だった自動作曲の不自然さを取り払い、このChordana Composerを完成させたのだそうだ。

 自動作曲に生かされているのは技術の進化だけではない。「カラオケやDTM、アニソンなどで音楽は大きく変わってきた。音楽との接し方自体も変わってきている」と南高氏が話しているように、時代に応じて音楽自体も進化を遂げている。

 音楽にはコード進行など伝統に基づく普遍的な面も数多く残る一方、曲のはやり廃りはもちろん、レコードがCDになり、そしてダウンロード配信が当たり前になるなど、消費の仕方も激変している。それに合わせて制作過程も移り変わってきた面があるという。こうした変化を柔軟に取り入れながら仕組み作りに生かしたことも、アプリがヒットした要因として大きいだろう。

ダウンロード課金でビジネスは成立するのか?

 “自動作曲”という多くの人が興味を持つテーマをアプリにしたこと、そして南高氏の長年の研究実績に裏打ちされた、精度の高い作曲システムが評価され、Chordana Composerは人気を獲得したといえる。だが1つ疑問なのは、1本600円というダウンロード課金スタイルで採算が取れているのか? ということだ。スマートフォンのアプリマーケット上では無料アプリに対する支持が強く、アプリのダウンロード課金によるビジネスが成立しづらくなっているからだ。

 この点に関して南高氏は、「カシオがアプリ市場に参入する際、すでにアプリマーケットが無料化の波に押され、ビジネスが厳しい状況にあった。そのため、無料化の影響が比較的小さい分野に絞ってアプリを提供することを目指した」と説明する。具体的には音楽のほか、教育、ビジネス、仕事効率化の4分野になるという。いずれもカシオが既存製品で進出している分野であり、社内の要素技術や市場での経験など、競争力を発揮できる分野だ。

 この4分野で質の高いアプリを提供すれば、有料でも受け入れられる可能性が高い。だが課金方法に関しては“適材適所”とのことで、同社のアプリの中でも「撮ってキャラスタジオ」のように、ダウンロードは無料でアプリ内課金を採用しているものもある。

 では今後、南高氏はChordana Composerをどのように進化させていこうとしているのだろうか。「これまでは使い勝手の改善に力を入れてきたが、当面はユーザーの要望が色々出てきているので、それに応えていきたい」と南高氏は話す。具体的には、楽曲のジャンルを増やしたり、AAC形式の音声ファイルでしか出力できない楽曲を、電子楽器でも扱えるMIDI形式でも出力できるようにする、といった取り組みになるようだ。

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 さらにその先には、楽曲を作成してメールで送るだけでなく、作った音楽で人と人とをつないでいくことを考えていきたいと、南高氏は話す。自動作曲という多くの人の“夢”を実現した南高氏が次にどのようなタクトを振るのか、期待が持たれるところだ。

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