News 2001年4月10日 11:59 PM 更新

TVの“IP化”を巡る議論

インターネットの波は,TV放送をも飲み込むのか? 最近,一般紙にも取り上げられるようになった「放送と通信の融合論」について,研究者と放送事業者がそれぞれの立場で語ると……?

 インターネットの波は,TV放送をも飲み込むのか? 最近,経済誌や一般紙にも取り上げられる「放送と通信の融合論」だが,主に2種類の議論がある。1つは,TV放送そのものをIPパケットで伝送するべき,というもの。こちらはまだ「将来的に」という注釈付きで語られることが多いが,もう1つは直近の問題として論議されている。つまり,放送そのものは別として,データ放送をインターネット標準にするかどうか,という点だ。

データ放送のオープン化

 NHK放送文化研究所の鈴木祐司研究員によると,データ放送に見られるような双方向通信の部分をIP化することは,ありえないという。BSデジタルのデータ放送の場合,BMLと呼ばれるHTMLのサブセット言語を用い,閉じたネットワークの中でコンテンツをやり取りする。最近は,BMLの代わりにHTMLを採用し,よりリッチなコンテンツを閲覧できるようにしようという意見もあるが,放送事業者には論外のようだ。

「ネットワークを閉じておくことは,ユーザーの囲い込みと安全性の確保というメリットがある。特にコンテンツの内容やセキュリティは,TV局の信用に関わる問題だ」(鈴木氏)。

 iモードの成功にならうべく,事業者によって管理されたコンテンツのみを提供するのがデータ通信の方向性だ。年末には110度CSデジタル放送と一緒に登場すると見られるeプラットフォームの蓄積型セットトップボックス「eSTB」も,デジタル放送専用のマークアップ言語「eBML」(仮称)を採用する。これは,事業者のみならず,家電メーカー各社も閉じたネットワークを支持した結果と考えていい。

 ユーザーが勝手にインターネットに出ていってしまい,別のコンテンツやECの場に定着してしまったら,事業者側の利益が減りかねない。ただでさえ,多チャンネル化という大きなリスクを背負っている現状の放送業界にとって,ここは譲れない線なのだろう。

IT革命の本質に関わる?

 一方,放送そのものをIPパケットで伝送しようという意見は,学術研究者を中心に唱えられている。

 例えば,東京工業大学情報理工学研究科の太田昌孝氏は,IT革命の本質を「インターネットが唯一の情報通信基盤になること」と定義した上で,既存の電話網・放送網・そして携帯電話網はすべてインターネット上に移行するべきだと強調する。BSデジタル放送なのような“単なるデジタル化”ではなく,IP(Internet Protcol)上でサービスを行う点がカギだ。

 これにより,TVは家庭内のIPネットワークとスムーズに統合され,一意のIPアドレス(IPv6が前提)によってそれぞれの端末に適切なサービスが提供されるようになる。例えば,TVやビデオは,EPG(電子番組表)のために別の通信手段を使う必要がなくなる。MPEGの動画や音声と一緒にEPGやデータ放送のコンテンツも流れてくるからだ。IPパケット網の上で,動画コンテンツをはじめとするすべてのデータが統合されれば,動画のために別途家庭内にMPEG網を構築する必要もない。将来のホームネットワークを低コストで構築し,デバイス間の相互運用性を高める上では,欠かせない部分といえるだろう。

 しかし,当の放送事業者はそう考えてはいない。NHKの鈴木氏は,こうした通信と放送の融合論に対しても,真っ向から反論する。「著作権保護がクリアできない。そして放送事業者にメリットがない。IPパケット通信で放送が伝送される可能性はない」(鈴木氏)。

事業者の都合は,いつまで通る?

 少なくとも,今の放送業界では「事業者の都合」が最も重要とされている。だが,振り返って,ほかの生活インフラを考えてみよう。固定電話では,フュージョン・コミュニケーションズのようなIP電話サービスが動き出している。同社の掲げた「全国一律3分20円」と15万件の加入申込は,IPベースの新しい電話サービスが,やり方によってはビジネスになり得ることを示した。

 また,携帯電話では,業界全体が将来のAll IP化へと向けて動き出した。IMT-2000では,パケット網のVoIP規格,そしてエンド・ツー・エンドの端末IP化が順次提案される見込みであり,また複数の報道機関によると,総務省は次々世代携帯電話をIP化の方向で検討することをほぼ決定したという。

 こうした流れの中で,果たしてTV放送だけがいつまでも無関係でいられるのだろうか。仮に「国策」としてIP化へと動き出したら,既存の法制度に保護されてきた放送局は,対応できるのか。

 太田氏は,進みつつある放送のデジタル化に対して,かなり手厳しい。「電話網のデジタル化がISDNなら,放送網のデジタル化がデジタル放送だ。どちらも事業者の都合しか考えておらず,大失敗は目に見えている。問題は,失敗を早期に認めることができるかどうかだ」(太田氏)。

関連記事
▼ 家電各社のデジタル放送向けSTB規格が策定,ソニーが離脱か
▼ 松下,ソニー,東芝がHDD内蔵デジタルTVチューナーの仕様を検討

[芹澤隆徳, ITmedia]

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.