News:Hew-PAQ 2001年9月7日 08:47 PM 更新

Hew-PAQ:破談は本当にないのだろうか?

IT業界では,Hewlett-PackardとCompaqの「合併後」について,様々な憶測が流れている。しかし,HPのCompaq買収は本当に成立するのだろうか? 発表後の投資家や証券市場の反応を見ていると,この話が破談に終わる可能性は,十分ありえそうに見えるのだが……

 ここ数日というもの,IT業界はHewlett-PackardとCompaqの合併話で持ちきりだ。関連メディアでは,合併後の業界地図から合併会社の新体制,そして両社経営トップの個人的思惑の推測に至るまで,微に入り細に入り,沢山の記事が掲載されている。それを見ていると,まるでスーパースター同士の婚約を報じる芸能雑誌のようだ。

 スーパースター同士の婚約? とすれば,ある一つの可能性にも,言及しておく必要がありそうだ。つまり,「この婚約は本当に結婚に至るのだろうか? 破談の可能性はないのだろうか?」である。

消えたプレミアム

 実際,この婚約が結婚に至らないのではないか,と見ている業界関係者,アナリストは意外と少なくない。

 ポイントは2つ。株主の賛成が得られるのかどうかという点と,独禁法の問題である。このうち現在,クローズアップされているのは,株主の同意の方だ。

 というのも,今回の合併に関するアナリストや投資家の見方が総じて冷ややかで,合併発表後の株価が大幅に下がっているからだ。合併前は23ドル台で推移していたHewlett-Packard(Nyse:HWP)の株価は,発表直後から急落,6日の終値は17.70ドルだった。Compaq(Nyse:CPQ)も発表前の12-13ドルという水準から,6日の終値は10.35ドルまで下げている。双方とも,発表後に52週最安値を更新するという体たらくだ。

 企業買収では,買収する側が買収される側の株価評価に一定のプレミアムを付け,その株主の同意を得ようと図る。今回の場合,Compaq1株にHP株0.625株を割り当てることで,8月31日終値ベースでは19%程度のプレミアムがCompaqの株主に提供される――はずだった。

 ところが,6日の終値ベースで計算すると,プレミアムは6.8%まで縮小してしまっている。それも,本来なら,プレミアム分を見込んでCompaqの株価がHPの株価に近づいていく“さや寄せ”が起こるはずなのが,Compaq株まで下落しているために,どうにかこうにか確保できたプレミアムだ。ちなみに250億ドルと騒がれた買収総額も,6日終値時点では190億ドル弱にまで目減りしてしまっている。

 短期的なプレミアムが期待できないとあれば,長期的なプレミアム――合併会社の将来展望――だが,これこそが今回の買収で最も疑問視されていることだ。

 ウォール街の懸念を裏付けるように,格付け機関のMoody's Investors Serviceが,Hewlett-Packardの長期格付けを早速引き下げている。しかも,シニア無担保債格付けを「Aa3」から「A2」に,劣後債格付けを「A1」から「A3」にと,いきなりの2段階格下げである。その上,アウトルックを「Negative」として,さらに引き下げる可能性を示唆している。

 もう1つの有力格付け機関であるStandards & Poor'sの証券部門のアナリストであるMeagan Graham-Hackett氏も,Wall Street Journalのインタビューに「(合併に伴う)短期的なリスクに見合った長期的なメリットがあるのかどうか疑問だ」と答えている。S&Pは,HPの格付けについて引き下げ検討中であることを示す「Negative」のクレジットウォッチに入ったことを発表した。「この規模の合併がもたらす事業上の混乱に対する懸念」が,その理由だ。

機関投資家を説得できるか

 会社が意に染まぬことをやろうとした場合,株主にできるのは,その株を売り払うか,株主総会で拒否票を投じることだ。発表直後のこの大量の売りは,投資家がこの合併に対して反対であることを示している。そして,株主総会で合併が認められるかどうかの帰趨を決める大口機関投資家の間でも,この合併に対しては冷淡な見方が広まりつつある。

 おかげでHP,Compaqの両首脳は,統合についての具体的な話を両社で進めるより先に,投資家への説得の旅に出なくてはならなくなった。「この合併がもたらす長期的な利益について,投資家の方々と話をするのが,目下最大の優先課題だ」(Compaqの広報担当,Arch Currid氏)。

 HPのCEO,Carly Fiorina氏は5日,ボストンでSG Cowen主催のカンファレンスに出席,Compaqの株主に向けて合併のメリットを説いたが,6日にはニューヨークでCompaq CEOのMichael Capellas氏とともに投資家向けの説明会を開いている。そして,7日には同様の会合をカリフォルニアでも持つ予定だ。相当な強行軍である。

 だが,これまでの両首脳の説明を見る限り,合併によるメリットについての具体的な説明に乏しく,出席した投資家やアナリストの反応は芳しくない。このため,投資家を説得できるかどうか疑問視する向きが増えてきている。「これだけの大型合併の場合,事前に買収を完了させるための準備を相当念入りにしているものだ。しかし,今回の買収ではそれがないのではないか。彼らは今,それを必死でやろうとしている」(Meagan Graham-Hackett氏)。

莫大な違約金は歯止めにならない?

 状況は最悪だが,それでも両社の首脳は買収に向け,株主たちを必死に説得しなければならない。というのも,今回の買収が一方の企業の責任で失敗に終わった場合,その責任を負う企業は相手企業に莫大な違約金を支払わなければならない契約になっているからだ。

 SEC(米証券取引委員会)に提出された書類によると,「買収を株主に賛成させられなかった場合,取締役会がこの買収を取り下げるなどの決定を行った場合,あるいはなんらかの原因で買収を2002年5月30日以降にまで遅らせてしまった場合(ある条件下ではこの期間が8月30日までになる)」,その企業は相手に6億7500万ドルを支払うことになる。

 もちろん,破談に終われば,経営者はその責任を問われざるえない。その意味でも,両氏はここ数カ月が正念場だ。

 ただ,この莫大な違約金という“縛り”も,株主たちにとって,反対票を投じる上での制約要因になるかどうか。買収発表後のHPの株価時価総額は,わずか3日間で120億ドルも減じている。その「損失」の大きさは違約金の比ではない。

 破談にしたほうが,中長期的に株価が上昇すると株主たちが判断すれば――財務体質の強固なHPにとって,邦貨にして約800億円程度の違約金はなんでもない,機関投資家などから見れば,むしろ,中長期的な株価の方が重要だ――彼らは違約金を覚悟で反対票を投じる可能性は十分にある。

 世紀のカップルのはずが,気が付けば泥仕合を演じている――スター同士の結婚話ではよくあること。もっとも,今から,Carly Fiorina氏とMichael Capellas氏の「涙の記者会見」を予想してしまうのは,いささか気がひけるのだが……。

[中川純一, ITmedia]

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