News 2002年2月25日 11:46 PM 更新

求む!名機と呼ばれるキーボード

一昔前のキーボードは,コストをかけてでも打鍵感を重視した製品作りを行っていた。しかし最近は,この人間とPCとの重要な接点であるはずの入力デバイスが,コストダウンの犠牲になってしまっている。

 先日,自宅で愛用していたキーボードが壊れた。

 故障原因の心当たりは,ある。昨年末,テンキー部分にコーヒーをこぼしたとき,分解するのが面倒で中までキチンと掃除しなかったのだ。不精がたたって,メイン入力を行う中央キー部の上から2番目の「qwerty…」の列が,1列全部入力できなくなってしまった。

 「キーボードぐらい,壊れたら買い換えればいいじゃないか」と思う読者も多いことだろう。いまやキーボードは,PC周辺機器の中でも安い方のパーツに区分され,安いものでは1000円以下から手に入る。しかし,壊れた愛用のキーボードは,もはや入手困難なシロモノなのだ。そのキーボードの名は,通称“A01”――現在主流となっている106キー配列日本語キーボードの原型となった名機「IBM 5576-A01」だ。


10年以上愛用していたIBM 5576-A01

 筆者がA01と出合ったのは,10年以上前のこと。鉄仮面と呼ばれたモニタ一体型PC「PS/55Zモデル5530U」に付属していたキーボードが,このA01だった。その名機たるゆえんは,キーボードの押下システムに使われているバックリングスプリング方式(buckling spring Mechanizm=座屈ばね機構)にある。

 バックリングスプリング方式では,キーの中に20ミリほどのスプリングが内蔵されている。このキーを押下していくと,中のスプリングが「カクッ」と“くの字”に湾曲するポイントがある。その時にスプリングの先に取り付けられた部品がメンブレンスイッチに触れてON(キー入力)になるという仕組みだ。


キーの中にスプリングが内蔵されている

 このスプリングが“くの字”に曲がった時に,「カシュン,カシュン(字づらで表現するとこんな感じ)」という独特のサウンドと,タイプライターのような打鍵感を生み出す。それもそのはず,このスイッチの開発には日本を代表するタイプライターメーカーであるブラザー工業のノウハウが盛り込まれているのだ。現在主流となっている“フニャフニャキーボード”の打鍵感に慣れてしまった人には,キータッチが重い印象を受けるかもしれないが,筆者のように打鍵時に“力まかせに叩く”タイプのユーザーには,この方式が実にしっくりくる。

 ちなみに,A01を単独購入した場合の当時の価格は,なんと2万2000円。A01とともに名機といわれているIBM 5576-001に至っては,3万8000円もしているのだ。PCが一般ユーザーに広く普及するにあたって,コストダウンの犠牲になったのが,このキーボードという入力デバイスだったのだ。

 悲しむべきことに,IBMは,PCのコストダウンの波にそぐわないこの独自キーボードの製造を別会社に移管してしまった。そのため同方式の日本語キーボード入手は,現在では非常に困難となっている。ネットオークションでたまに登場するA01の新品は,いずれも高値で売買されているようだ。

 しかし,この“座屈ばね機構”が世の中から消えたわけではない。IBMが製造を移管した別会社「UNICOMP」では,英語配列ながらこのキーボードの生産を続けているのだ。筆者は結局,バックリングスプリング方式を採用したUNICOMP製の「85-key Space Saver」を秋葉原のショップで購入した。IBMのロゴが入っているところに,その血筋が垣間見える。


バックリングスプリング方式を採用したUNICOMP製「Space Saver」

 このお店には,やはり名機と呼ばれて現在では入手困難な84-keyタイプのSpace Saverの在庫もあった。価格は1万7800円とキーボードにしては高価だが,同店によると「84-Keyは今度いつ入荷するか分からないということもあり,2〜3台まとめ買いするユーザーも多い」とのこと。国内のUNICOMP正規代理店でもある同店には,バックリングスプリング方式のキーボードを求めて,遠方からわざわざ来店するユーザーも多いという。

 インターネットやメールなど,我々の生活にPCは欠かせない存在となってきた。そのPCとユーザー(人間)との接点(インタフェース)で,PCの情報を映し出すモニタやGUIの操作を行うマウスとともに重要なのが「キーボード」だろう。

 キーボードは本来,PCに自分の意思を伝える重要な入力デバイスであったはずだ。しかしPCショップなどでは,モニタやマウスのコーナーには大きなスペースを確保していても,キーボードの展示に力を入れているケースは少ない。

 低価格化が進んだ現在のPCに付属するキーボードは,製造コストが安いゴム椀機構のメンブレン方式が主流となっている。PCメーカーには,人間とPCとの重要な接点であるキーボードにもっと目を向けた製品作りを積極的に行ってもらいたいものだ。

 ただ最近は,同じメンブレン方式でもバイオノートXRのようにクッション部に金属製の板バネ機構を採用したキーボード重視型PCも登場している。また,かつて名機を多数出したIBM製の中でも,中央にトラックポイントIIを配した「Space Saver Keyboard II」などが別売りキーボードの中でヒット商品となっているようだ。さらにPC周辺機器メーカーでは,メカクリック方式のキーボードをコンスタントにリリースしているところもある。


PCの付属キーボードは,製造コストが安いゴム椀機構のメンブレン方式が主流

 さて,家用として購入したSpace Saverだが,以前からバックリングスプリングの“軽やかな打鍵音”に家族から苦情が出ていたこともあり,結局は会社で使うことにした。同じく“Space Saver使い”である隣席のK記者とともに打鍵し始めると,ZDNet編集部はタイプライター全盛時のオフィスのような“けたたましさ”に包まれる。近隣のみなさま,ご迷惑をおかけしております。

本稿執筆にあたり,IT氏が主宰される「鍵人」を,参考文献として利用させていただきました。なお,本稿で当初,参考文献の表記が欠落しており,関係者の方にご迷惑をおかけいたしました。深くお詫びいたします。

[西坂真人, ITmedia]

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