News 2002年9月13日 11:15 PM 更新

「ムーアの法則」の拡張――その2つの方向

IDF2002の最終日、Intel CTOのPat Gelsinger氏は前回のIDFで示した“ムーアの法則の拡張”のその後の経過を語った。同氏によれば、2つの技術を組み込むことで、ムーアの法則の恩恵を受けられるデバイスの種類が拡大するのだという

 Intelは「ムーアの法則」を元に会社全体の戦略が動いている。これまでも、そしてこれからもだ。ご存じの方も多いだろうが、ムーアの法則とは「18カ月ごとに半導体の集積度は2倍になる(あるいはトランジスタ数は2倍になる)」という、Intel名誉会長のGordon Moore氏が半導体黎明期に示したビジョンである。Intelはこのビジョンを現実の製品へと結びつける技術の研究開発を続けることで、今日のプロセッサ業界における地位を確立してきた。

 翻って言うならば、ムーアの法則の破綻は、Intelの現在のコアコンピータンスを揺るがす大事件へと発展してしまう。Intelが今後もさらに発展するためには、ムーアの法則を生かし続けなければならない。いや、ムーアの法則を維持するだけでなく、さらにその法則を他の製品にも適用していかなければ、大きな成長が望めなくなってくる。

 開発者向け会議「Intel Developer Forum Fall 2002」の最終日、基調講演でIntel CTOのPat Gelsinger氏は、前回のIDFにおいてIntelの近未来のビジョンとして示した“ムーアの法則の拡張”に関して、その後の経過を語った。


無線技術を実装したシリコンモジュールを掲げるGelsinger氏

 ムーアの法則の拡張、いわば拡張版ムーアの法則とは、これまでマイクロプロセッサをはじめとするデジタルデバイスに対して適用してきたムーアの法則を、他の分野にも適用可能なものにしていくことである。現在、Intelが持っているデジタルのロジック回路に関する技術を拡張し、無線技術や光アクセス技術をシリコン上に実装していくことで、ムーアの法則の恩恵が受けられるデバイスの種類が拡大する(その結果、ムーアの法則に従って性能や機能が改善される製品の応用分野も広がる)。

 Gelsinger氏が話していたムーアの法則を拡張するシリコン技術。それは光アクセス技術のシリコンへの組み込みと、無線技術の組み込みという2つの方向だった。

 シリコンフォトニクスと言われる技術を用いてシリコン上に光アクセスデバイスを生成。基調講演では半導体製造プロセスで作ったチューナブルレーザー(波長可変型レーザー)を取り出し、テストアプリケーション上で波長を変えていくデモが行われた。Gelsinger氏は「これまで数千ドル、数百ドルしていたチューナブルレーザーをシリコンにすることで、数ドルにまで価格を下げることが可能になる」と話していた。


チューナブルレーザーのデモ。左下のつまみを回すと波長が変化する

 Intelはシリコンベースのチューナブルレーザーに加え、シリコンゲルマニウム素材を用いた高性能の受光素子も開発しており、これらに加えて周辺のロジック回路などシステムに必要な要素を集積していくことで、光通信における多重伝送技術の劇的なコスト削減と普及を狙う。

 また無線技術に関しても、着々と計画は進展しているようだ。無線技術をシリコン上に実装する場合、ある程度のパワーを必要とするRFモジュールの存在が障害となる。パワーを上げるためには、ある程度以上の電圧に耐えられる集積回路でなければならないからだ。Intelはシリコンゲルマニウムを用いた、高性能なアナログとデジタルの混載プロセスを開発している。この件については、2日目のRon Smith氏も基調講演の中で、携帯電話やワイヤレスPDAに必要とされる要素を集積可能な半導体技術を開発していると話していた。

 しかしシリコンゲルマニウムを用いたプロセスはコストが高い。そこでIntelではCMOSプロセスに無線技術を実装することを研究開発しているという。実際に5GHzのトランシーバをCMOSプロセスで作ってみたところ、問題なく動作したという。Gelsinger氏は「Intelが考えていたよりも、ずっと早いペースで無線技術のシリコンへの実装技術が進歩している。アナログのフロントエンドチップとデジタルベースバンドを統合されるようになれば、携帯電話に大きな変化をもたらし新しいビジネスチャンスが生まれるだろう」と話す。

 Intelはアナログフロントエンドとベースバンドチップを統合した後も、徐々に他のアナログ/デジタルの要素を統合していき、無線システム全体を1チップに収める。そして、それをさらに縮小していき、数多くの無線システムを1チップに配置していく(アンテナの配列化)といったことも考えているようだ。それにより、「Smart Multiple Antenna Systems」と呼ばれるこのコンセプトは、さまざまな状況下でより良いスループットと接続品質を実現できる。

 最後にGelsinger氏は、通信とコンピューティングを融合させた例として、環境保護のための環境監視システムについては紹介した。温度、湿度、気圧、赤外線センサーを内蔵した小型センサーユニットを環境保護区に配置し、それらをワイヤレスのP2Pネットワークで結んで環境保護区の様子を観察するセンサーネットワークを構築したのだという。このシステムにより、環境保護区に人間が立ち入る回数が大幅に減り、環境破壊を防ぐことが可能になる。

 センサーネットワークは1カ所のゲートウェイでインターネットに接続され、実に巧妙な手法で情報へとアクセスできる。

 インターネットを通じてセンサーネットワークに対して、データベースクエリのように情報の取得を指示すると、ゲートウェイを通じてセンサーに要求が伝達され、おのおのが自立して情報の収集を開始する。集めた情報はゲートウェイでまとめられ、アクセス結果としてクライアントのコンピュータに引き渡される。

 これはかつて、Pat Gelsinger氏が基調講演で触れたことがあるP2P通信技術を発展させたものとも言えそうだ。Intelでは、単にネットワークとコンピュータの融合をシリコンの面から進めるだけでなく、それがコモディタイズされ世界中に普及した時に、どのように応用すると良いのかを研究しているとGelsinger氏はアピールする。センサーネットワークの例では、Intel・リサーチ・バークレイ・ラボとアトランティック大学が協力しながら、センサー同士が自立的に情報収集し通信を行うTinyOSを共同開発している。

 もっとも、Gelsinger氏の話は、ムーアの法則を拡張することで、よりよい未来が待っていることをアピールするが、それはムーアの法則が今後とも継続できることは示していない。拡張版ムーアの法則は、その法則を継続させる技術の上に立っていなければ無意味である。これについては、Sunlin Chou氏の基調講演レポートで触れることにしたい。

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[本田雅一, ITmedia]

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