News 2002年11月19日 11:48 PM 更新

ユビキタスの本質とTRONの可能性

「情報家電産業総合会議 ネット家電ショー2002」のオープニングセッションで、東京大学の坂村健教授がユビキタスコンピューティングの本質と、それを実現する上でのTRONの可能性について語った

 ユビキタスコンピューティング――あらゆる場面で引用されることが多くなり、やや食傷ぎみな言葉だ。“いつでもどこにでもコンピュータがある”というこの概念を、最近は社会現象としてとらえる傾向が強くなっている。だが、それはユビキタスコンピューティングの本質を正しく表しているのだろうか。

 11月19日にビッグサイトで行われた「情報家電産業総合会議 ネット家電ショー2002」のオープニングセッションで、東京大学の坂村健教授がユビキタスコンピューティングの本質とそれを実現する上でのTRONの可能性について講演を行った。


ユビキタスコンピューティングについて語る東京大学の坂村健教授

ユビキタスの元祖は“TRON”

 一般的にいわれている「ユビキタスコンピューティング」は、米Xeroxパロアルト研究所のMark Weiser氏が1991年に発表した論文「The Computer for the 21st Century」の中で、最初に提唱したといわれている。その論文では、社会のあらゆるものにコンピュータが導入されて、それらがネットワーク化した環境について語られている。

 だが坂村氏は、ユビキタスコンピューティング的な考えは、日本発祥のTRONから始まったことを訴える。

 「Mark Weiser氏が提唱する以前の1984年に、われわれはTRONプロジェクトで“あらゆるものにコンピュータを”という考えを提唱していた。つまり、ユビキタスコンピューティングの概念はTRONが元祖。また、米国や欧州では、ユビキタスよりも“Pervasive Computing”という言葉の方が認知されている。ユビキタスと騒いでいるのは、何でも欧米が発祥だと考える日本のジャーナリストだけ」(坂村氏)。

 ただ、かくいう坂村氏も、今年春に開設して自らが所長を務める開発拠点の名称を「YRPユビキタス・ネットワーキング研究所」としている。「本当は“どこでもコンピュータ研究所”にしたかったのだが、そんなドラえもん(笑)みたいな名前では予算は出せないといわれた。“Pervasive”では日本人には発音しづらいと思い、カタカナ表記で分かりやすいユビキタスにしただけ。好んで名付けたわけではない」(坂村氏)。

ユビキタスコンピューティングの本質は「モノが生活空間を認識すること」

 坂村氏は、現在いわれているユビキタスコンピューティングについて「誰もが携帯電話やノートPCを利用する時代になって、これを指してユビキタスコンピューティングと称しているが、これは単なる社会現象。コンピュータサイエンスの世界ではこれをユビキタスコンピューティングとはいわない」と述べる。

 それでは、ユビキタスコンピューティングの本質とは何なのだろうか。坂村氏はそれを「コンピュータ/ネットワークが人間の生活空間を認識すること」だと語る。

 「例えば、論理空間のインターネットでは、URLがどこにあってどの国のサーバにアクセスしているかなど関係ないが、ユビキタスコンピューティングでは“ここ”や“あそこ”といった物理空間の場所を認識することが非常に重要となる。分かりやすい例では、あらゆるモノにミューチップのような極小のICチップをつけること」(坂村氏)。

 ミューチップとは、米粒より小さい0.4ミリ角の大きさに情報を書き込んだメモリを搭載した非接触ICチップだ(別記事を参照)。坂村氏はミューチップのほかにも、カードサイズのTRONコンピュータボードやRF-IDタグなどを紹介。このようなマイクロデバイスをあらゆるモノに埋め込むことで、「これは何か」、「ほかにはどんなモノが存在しているのか」、「ここはどこなのか」、といったさまざまな情報を検出する仕組みが、ユビキタスコンピューティングの本質であるのだと説く。


カードサイズのTRONコンピュータボード、RF-IDタグ、ミューチップなど、マイクロデバイスをあらゆるモノに埋め込んだ世界にユビキタスコンピューティングの本質がある

 「例えば、カバンをどこに無くした時に、モノ(カバン)に電話して場所をモノから教えてもらうということもできる。また、薬ビンのフタにマイクロチップを装着して、一緒に服用すると危険な薬の組み合わせをモノ(薬ビン)同士で自動認識して、薬ビンから携帯電話に電話するといったことも不可能ではない」(坂村氏)。


薬ビン同士で危険性を認識して、薬ビンがケータイに電話するといったことも可能に

 人間の生活空間をモノが認識する世界では、モノ同士の対話になるので人間がコンピュータと対話する負荷が減るほか、豊富な情報のやり取りによってモノに最適な制御が行えるといったメリットが生まれる。

 ただし、あらゆるモノに情報が埋め込まれ、モノ同士が認識しあう世界では、今まで以上にセキュリティが重要になってくる。坂村氏は「日常的に使う“身の回りのモノ”に、もしも今のPCで使っているような不安定なOSを使っていたら、大変なことになる。また、IPを中心とした現在のネットワークプロトコルでは、セキュリティシステムのリアルタイム性が確保できない。ユビキタスコンピューティングの世界では、新しいシステム、新しいプロトコル、そしてリアルタイム性が必要となる」と語る。

 TRONプロジェクトではこれらの問題を解決するため、完全にユビキタス環境に特化したTRONシステムの開発が進められているという。

 「ネットワーク時のプロトコルを組み込みシステムと合体させて一緒に作ってしまうという試みには、トータルアーキテクチャが必要になる。OSレベルでの認証システムとしてリアルタイムPKI(Public Key Infrastructure:公開鍵基盤)の研究を行っているほか、ハードウェアを定義するためT-Engineというプラットフォームを用意した。組み込みという日本が強い分野で標準化をはかり、今こそユビキタスコンピューティングで世界に貢献すべき」(坂村氏)。


ユビキタス環境に特化したハードウェアの共通プラットフォーム「T-Engine」

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[西坂真人, ITmedia]

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