News 2003年1月11日 02:05 AM 更新

「コンテンツが降っていく」――メモリースティックの“音楽戦略”

ネットワークをからめたコンプレスドオーディオ市場の開拓を積極的に進めるソニーに、記録デバイス――メモリースティックから見た音楽の楽しみ方の現状と今後について聞いた

 音楽の楽しみ方は、今や実に多岐に渡っている。記録媒体だけでもCDやMD、メモリーカードなどがあり、PCやネットワークをからめた新たな楽しみ方も普及してきた。特にMP3やWMA、ATRAC3/ATRAC3Plusなどの音声(音楽)の圧縮技術が一般的になった現在では、購入した音楽CDからコンプレスドオーディオを作成して楽しむユーザーも増えている。また、徐々に軌道に乗りつつあると言われる音楽配信を使用し、インターネット上で楽曲を購入したという人もいるだろう。

 こうした新しい音楽の楽しみ方は、どういう方向にこれから向かっていくのか。ネットワークウォークマンやNetMDなど、PCやネットワークをからめた提案を行い、積極的にこの分野における市場開拓に力を注ぐソニーに、メモリースティックからみた音楽の楽しみ方の現状と今後について話を聞いた。

思ったよりうまくいかなかった普及

 「SME(ソニー・ミュージックエンタテインメント)の協力もあって、1999年12月にビットミュージックのSDMI(Secure Digital Music Initiative)準拠の音楽配信の仕組みができ、メモリースティックウォークマンを何とかスタートさせた。そこまでは良かったのですが、そこからの(テイクオフするという)ストーリーは、思ったよりなかなかうまくいかなかったな、というのが本音です」。メモリースティック事業センター戦略企画部 統括部長 野口不二夫氏は、笑いながらメモリースティックを採用したウォークマンの現状についてこう話す。


ソニー メモリースティック事業センター戦略企画部 統括部長 野口不二夫氏

 一般的になってきたコンプレスドオーディオの市場だが、MP3プレーヤーなどと異なり、音楽配信までを考慮したメモリースティック採用のウォークマンは、まだまだというのが実情だという。これには当初のコンテンツの値段が高かったこともあるが、野口氏はユーザーにとって難解だったことがその原因としてあったのではないかと分析する。

 「今は200円台まで下がってきていますが、当時はラベルが付いていない“データ”だけで350円。チェックイン/チェックアウトという新しく出てきた言葉も、一般のユーザーにはほんど理解できなかったようです。使い勝手の面でもチェックアウトが3回までしかできないとか」(野口氏)。

 加えて、ネット配信に対する取り組みも、当初はそれほど活発ではなかったようだ。「他にもっとやることがあるのではないかという雰囲気が一時期ありました。で、コマーシャルコンテンツに対する取り組みがあまり活発化でなかったのが正直なところ。ただ、昨今の色々な状況の変化、例えば、ブロードバンド環境とか広がってきて、時代もそういうものにフィットしてきたかなと考えています」(野口氏)。

 確かに音楽配信を取り巻く現在の状況は、初代メモリースティックウォークマンが登場した当時とは一変している。野口氏が指摘したブロードバンド環境は、通信料金の低価格化で急速に普及。そのユーザー数も昨年末には660万を超え、今なお増加中だ。

 もう1つの“追い風”はCCCDの登場だ。CDから“無償”で音楽を落とすという方法が存在していれば、どんな値段をつけても有料コンテンツは価格競争力がなかった。CCCDの登場はそんな“事業環境”を変える。

 “CCCD後”のコンテンツ配布手段の主役はまだ定かではないが、インターネットを使用した音楽配信なら、好きなときに自分が好きな(欲しい)楽曲のみを購入できるというメリットがある。それも最近では1曲あたり200円ぐらいと、以前よりも購入しやすい金額になってきている。事実、NetMDを発売してから、ダウンロードの数は増えているという。「NetMDの影響は大きいですね。数はいえませんが、ぐっとあがっています」(野口氏)。

 とはいえ、音楽配信の普及にとって、CCCDの功罪は相半ばするというのが本当のところ。音楽配信が伸びていっても、自分が持っているすべての音楽CDの楽曲を買い直すというユーザーは、おそらくいないからだ。コンプレスドオーディオの世界におけるメインコンテンツが、市販の「音楽CD」であることは疑いようのない事実だ。

 となれば、基本的にはPCを使用した複製を禁止するために導入されたCCCDは、シリコンオーディオやNetMDにおける“最大のコンテンツ”を否定するものとも言える。この否定の結果、コンプレスドオーディオのコンテンツに魅力がなくなり、機器が売れなくなる。それゆえデジタルコンテンツも売れなくなる――という悪循環が生まれかねない。

 「こういうのは、立場によって意見が変わるから難しい。AV屋さんの意見もあれば、ハード屋さんの意見、PC屋さんの意見もある。業界全体をどうするんだという方があまりいないんだと思うんです」という野口氏は、現在はこれが悪い方向に向いているのではと懸念する。「ある立場の最適化が、他の立場から見ると“最悪化”になるというのが今の状況かなと。ネガティブスパイラルになっていますね」。

メモリースティックにコンテンツが“降っていく”

 野口氏は、「今はまだ内容を話すことはできないが」と前置きした上で、「そういう意味で、ネットワークを通じたコマーシャルコンテンツの配信をより使いやすく、分かりやすくしようということを改めて一生懸命やっているところです」と話す。

 メモリースティックに対する音楽配信は、すでにいくつかのトライがなされている。「1つは、PCでDRM(Digital Rights Management)を使ってダウンロードする、次がNTTドコモとやったMステージミュージック、もう1つが、キオスク端末を使った配信です」(野口氏)。

 さらに野口氏は、「ゲームプラットホームなどでもメモリースティックを展開していくことになるだろう」とし、「さまざまな領域からメモリースティックに対して、コマーシャルコンテンツが“降っていく”環境が整っていくだろう」ともいう。その際は、もちろん、「単にコンテンツが降っていくだけではなく、どこから落としてもコネクティビティを持ちながら使える」(同氏)。

 「メモリースティックは、割とルールがカチッと決まっています。これには良い面と悪い面があるのですが、コネクティビティという面ではやりやすいんです」(野口氏)。

 そのカチッと決められたルールのおかげで、「いろんなコーデックとの親和性などでもメモリースティックが一番良いと、オーディオのハードウェアメーカーから支持されています。(メモリースティックは)ほとんどのオーディオメーカーで採用され、最近では、カーオーディオのメーカーの採用が増えています。タカラさんのチョロQもありますし」(野口氏)。

 もちろん言うまでもなく、メモリースティックのセキュリティ機能は強力。メディア固有の番号を使用し、コンテンツ記録時に暗号化して保存するだけでなく、コンテンツを再生する場合は、必ず、内部で認証作業が行われている。チェックイン/チェックアウトの回数などもきちんと内部で「カウント」しているという。

 「メモリースティックには1つ1つIDがあるわけですから、それを利用して、このコンテンツを何回チェックアウトしたか、また誰に出したかをすべてチェックしています。メモリースティックでは、孫からコンテンツのコピーを作成できないわけですから、親を中心にそれを“何回”コピーしたかをチェックするというわけです」(野口氏)

 暗号鍵がもれてしまった場合の対策も万全。仮に暗号鍵が破られても、それを簡単に更新することができるように考えられているという。

メディアで得られない音質をネットワークで

 「今はまだメディアが高価なので、(コンテンツは)圧縮しないとたくさん入れられません。しかし、求めているのは、どんどん圧縮していって、音質を悪くするということではありません。道路が広ければ、それに合わせた車で走りたいという用途が時代とともに必ずでてくるはず。逆に言うと、(配布)メディアでは得られない音質が、こっち(ネットワーク)から得られないと面白くないじゃないですか」。

 野口氏は、ブロードバンド環境が進み音楽配信が一般的になったときのあり方をこう話し、「ネットの可能性はそういうところにある。ユーザーが望むクオリティでコンテンツが得られるのがネットワークの良さ」という。

 現状のコンプレスドオーディオの技術は、低ビットレート・高音質の方に向いている。しかし、ことネットワーク環境だけとると、個人でもFTTHを使用した100Mbpsの環境を使用できる時代になってきている。これが一般的になり、大容量の記録メディアが安価になれば、当然、高ビットレート・高音質の音楽配信という要望が出てくるはず。ネットワークという柔軟性があるインフラなら、パッケージメディアでは得られないクオリティを提供することも間違いなく可能。「現状では、圧縮技術とインフラが逆方向に向いて走っているという感じがありますね」(野口氏)。

 「メモリースティックじゃないとこういうことはできないよねということをPCの領域を含めた形で提案していきたい。ちょっと時間はかかるともいますが、われわれは、その中で安心感や信頼感――例えば、コンテンツプロバイダからは、メモリースティックにコンテンツを預ければ大丈夫という安心感。ユーザーから見たら、個人の権利などの安心感を出していけるように心がけたいと思っています」(野口氏)。



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[北川達也, ITmedia]

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