News 2003年2月10日 07:08 PM 更新

ITSやロボットの“目”に――NEC、世界最高レベルの画像処理LSIを開発

NECが複数の画像認識をリアルタイムで処理する世界初のワンチップ画像処理LSIを開発。ITS関連やロボットの画像認識システムなど、幅広い分野での応用が見込まれる

 NECは2月10日、リアルタイムでの動画認識性能を大幅に向上させた画像処理LSIを開発したと発表した。「複数の画像認識をリアルタイム処理する世界初のワンチップLSI。動画像認識性能では世界最高レベル」(同社)という。新チップは、同社の研究機関「NECラボラトリーズ」のマルチメディア研究所で開発されたもので、1−2年後の実用化を目指す。「ITS(高度道路交通システム)関連やロボットの画像認識システムなど、幅広い分野での応用が見込まれる」(同社)。


世界最高レベルの画像処理を実現した新チップ

 ビデオ映像などからリアルタイムに必要な情報を抽出する技術として、画像認識へのニーズが高まっている。そして近年注目されているのが、この画像認識技術のITS分野への応用だ。

 NECラボラトリーズ マルチメディア研究所主任研究員の岡崎信一郎氏は「ITSの安全運転支援システムに画像認識技術を活用することで、交通事故の削減や渋滞の緩和などに役立つ。ASV(先進安全自動車)の普及で、最終的に37%の死亡事故が防げると言われ、自然渋滞の解消によって高速道路だけで1.6万トンの二酸化炭素削減が期待できる」と語る。

 だが、その実現には、さまざまな問題が山積している。その1つが、安全運転支援システム用の画像認識処理装置に求められる“ハードルの高さ”だ。

 「自動車という限られた電力状況の中では効率的な電力消費が必要。車両/バイク/障害物/人と認識対象物は多様で、同じ車でも近距離の車や影に入った車など、いろいろな状況が考えられる。昼夜や曇り、大雨など認識環境もさまざまで、こういった多様な状況に対応していくためには高い処理性能が求められるだけでなく、ソフトウェア処理で臨機応変に機能を切り替えなければならない」(岡崎氏)。


画像認識処理装置への要求はさまざま

 こうした要求に対し、従来考えられていた対処法は、高性能汎用プロセッサの利用だった。だが岡崎氏によると、最新の3GHz超のPentium 4を使っても車載用画像認識処理装置に求められる性能にはまだ足りないという。

 処理性能を上げるためにASICやFPGA(Field Prgramble Gate Array)など、専用回路を利用する方法もあるが、多様なパターンに対応するためにはそれぞれに応じた回路が必要となり、回路規模が大きくなってしまう。「折衷案としてDSPのような汎用回路に特殊な演算回路を組み合わせるといったアプローチもあるが、特定処理しか高速化されず、多様な状況にはやはり対応できない」(岡崎氏)。

「点型」から「ライン型」へ

 多様な状況に対応するためには、ソフトウェア処理が必須となる。これに適しているのは汎用プロセッサの利用だが、従来は単一の高性能プロセッサで画素を順番に処理していく「点型」だったため、高速処理に限界があった。

 新チップ(IMAP-CE)は多数個のマイクロプロセッサが連携し、画像の2次元面上でライン状につながった一連の画素を同時に処理する「ライン型」の処理が特徴。「水平型/折り返し型/傾斜型/自律型などさまざまなパターンでライン状の画素を同時に処理することで認識性能を飛躍的に向上させた」(岡崎氏)。


画素の処理を「点型」から「ライン型」にすることで、認識性能を飛躍的に向上

 今回の新チップは、100MHz程度の低い周波数で動作する128個の8ビット汎用演算回路「PE(プロセッサ・エレメント)」と16ビットのRISCマイコンプロセッサ、外部インタフェース(SDRAM/PCI/CPUなど)で構成されている。対象となる画像をそれぞれのPEが連携して同時処理することで、高い演算性能と低消費電力を両立した上に、さまざまなソフトウェアでの実行を可能にした。


新チップの構成図

 また新チップでは、128個もの多数のプロセッサを有効利用するために、(1)各PEのメモリに自動的に列単位のビデオ画像を格納する「シフトレジスタ機構」、(2)各PEが独立にデータを参照可能な「メモリ構成」、(3)PE間のデータ授受を効率化する「リング状PE間結合」、(4)データ授受を効率化する「融合パイプライン」、(5)PEの処理切り替えを効率化する「専用命令」、などの新技術が盛り込まれている。


PE有効利用のための新技術

 「画像認識の並列アルゴリズムが効率よく実行できるように、ハードウェア構成を工夫した。128個のPEを低周波数で動作させることで低消費電力を実現。また多様なパターンの認識アルゴリズムを構築できるように、コンパイラ(拡張C言語)をサポートした」(岡崎氏)。

 これらの技術によって、ピーク時性能を従来製品(IMAP)の40倍となる51.2GOPS(Giga Operation Per Second:秒間10億個の演算)にしたほか、消費電力を3GHz超のPentium 4に比べて10分の1以下にした。「新チップの性能は、最新型PC4台分のスペックがPDA程度の低消費電力で実現できるイメージ」(岡崎氏)。


新チップを利用した安全運転支援システムの例。先行車/白線/追い越し車をリアルタイムに検出している

ロボットへの応用も

 今回の新チップは、2001年3月に発表した視聴覚を持つ個人向けロボット「Papero」の画像認識システムに使われた「IMAP」の後継となる。

 「新チップをロボットに応用することで、顔の認識や周囲の状況判断などの性能が大幅に向上する。また、ロボットには自動車以上に低消費電力が求められるが、高性能汎用CPUでは発熱問題や駆動時間の制限といった問題が発生する。高性能で低消費電力なワンチップソリューションは、ロボットの“目”として最適」(同社)。

 そのほかにも、複写機の画像処理エンジンやFA装置、医療機器、ホームセキュリティなど、ITS以外の幅広い分野への応用が見込まれている。

 今回の新チップの詳細については、2月9日から米国サンフランシスコで開催されている半導体関連の国際学会「International Solid State Circuits Conference」(ISSCC)で研究論文が発表される予定。「50周年を迎えるISSCCの今年のテーマは『Power Aware Systems(電力問題を意識したシステム)』。消費電力を抑えた今回の新チップは、空冷で十分冷却できる。例えば水冷にすればもっと高性能にできるのだが、今後の性能アップの際にも空冷にはこだわっていく」(同社)。

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[西坂真人, ITmedia]

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