News 2003年3月7日 12:40 PM 更新

インタラクション2003
公開し、侵入可能にするパスワードの使い方

インタラクティブ研究では、ソニーCSLが絶大な影響力をもっている。今回も「顔アイコン」のほか「ShownPass」など、多くの研究が発表された

 ソニーコンピュータサイエンス研究所(CSL)の綾塚祐二氏、河野通宗氏、暦本純一氏のグループが発表したのが、表示されたパスワードを用いたアクセス制御の「ShownPass」である。

 アクセス制御は、ネットワークが普及した現在は、大変重要な課題である。既存のアクセス制御は、あらかじめ登録したユーザーに認証を与えてアクセスさせる、というのが主流だが、この方法は、例えばオフィスを訪問している訪問者がプレゼン資料をちょっとプリントしたいだけとか、データを受け渡ししたいだけ、というような一時的な利用には不向き。

 そこで登場するのが、この「ShownPass」。「ShownPass」では、その名の通りパスワードを公開してしまい、ネットワークへの侵入を自由に行えるようにする。

見えることでセキュリティを守る

 ではどうやってセキュリティを守るのか、というと、次のような仕掛けだ。

 パスワードは、アクセスすべきリソースの近辺に表示する。例えばプリンタのそばにあるディスプレイに、そのプリンタのアクセスパスワードを表示する。

 パスワードを知るためには、パスワードを見ることができなければならない。したがって、オフィスのような不特定多数が出入りできない環境であれば、十分セキュリティを確保できる。

 第二に、パスワードは定期的に変更される。したがって、一度アクセスしたパスワードであっても、常時利用できるものではないので、この点でも、セキュリティは確保される。

 デモ展示されていたプリンタへのアクセスの場合には、プリンタに対してパスワードをsubjectとして添付メールを送ることで、送ったメールに添付された内容が印刷される、という仕組みが実現できていた。


ShownPassの表示されたVAIO C1とそれとつながったプリンタ。このVAIOに対して写真を添付メールで送信すると、印刷される

 これを使えば、ショウや博物館の会場など、不特定多数が参加する場所などで、特定の端末を用意せずに、携帯電話などの個々人の端末を使ってインタラクティブに情報をやりとりすることもできる。

 「見せてしまうパスワード」は「見える範囲の中だけにしか見えない」という意味で、逆接的にセキュリティを守ることができる。見えるかどうか、ということは、大変直感的に理解できる巧妙な仕組みでもあり、じつに興味深い。

 近くにいることでセキュリティとする、という方法には、Bluetoothなどのような近接通信の方法もあるが、「電波の届く範囲は直感的に認識するのが難しいし、制御も難しい」(綾塚氏)とのこと。


ShownPassの開発者、ソニーコンピュータサイエンス研究所(CSL)の綾塚祐二氏

 実装のコストがかからないという点で、今後の展開が楽しみでもある。コンビニエンスストアとかで使われたら、応用例は広そうだ。


 CSLの研究者を取材をしていて感じるのは、彼らにとって、コンピュータやネットワークは生活環境そのものとほぼ一致している、ということである。生活と一致しているので、いろいろなところが気になり、その気になるところを改善することで、新しいコンピュータ環境が生まれてくる。

 CSLにとっては、コンピュータ生活は実践的で、日常的なのだ。日常生活で、浴びるほど“コンピュータしている”ことは、次世代のコンピュータを考える上では、最重要と思われる。使っているからこそ、地に足のついた次のアイデアが出るのである。机上の空論は、本当に何も生み出さない。

 顔アイコンも、ShownPassも、生活に密着したアイデアで、こういうのはCSLでは「小ネタ」と呼ばれる。例えば、暦本氏のThumbSenseとかは、典型的な「小ネタ」である。

 「小ネタ」に対して、大がかりな研究もいろいろあるのだが、そういうのは、研究としては重要でも、社会全体にインパクトを与えるのには時間がかかるものである。「小ネタ」は実用的で、案外すぐに効果が出て、効果が出ることでフィードバックがかかり、「大ネタ」よりもずっと大きく社会を揺さぶることがある。

 人はしばしば、科学とはまじめなもので、常に「理論で推進され」、すでにわかっていることを基礎にして卓越した推測を生みだし、それらの推測を検証するために特別に組み立てた実験を進めると思いこむ。しかし実際の科学は、私の同業者の大半が認めたがるよりも、魚釣りに近い。

 これは、V.S.ラマチャンドランとサンドラ・ブレイクスリーの『脳のなかの幽霊』(角川書店)にある一説。「暗闇で鍵をなくしたら、街灯の下を探せ」という言葉もある。日常からアイデアが生まれるのだとすれば、CSLの研究者にはもっと困ってほしいなぁ、などと不埒なことを考える美崎である。いや、研究者は悉皆、研究を実践すべきであって、実践するからこそ、次が見えてくるのだと思うのだ。実践と離れた理論はなく、感情のこもらない研究はない。研究者が困って未来が見えるのなら、徹底的に困ってみるのはよいことなのではないだろうか。

[美崎薫, ITmedia]

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