News:アンカーデスク 2003年4月7日 02:55 PM 更新

戦争は、GPSの測位精度を変えるか?

カーナビの説明書などで「GPS受信機は、米軍によって測位精度が故意に変更されることがある」との記述を見かけることがある。では、戦争でGPSの測位精度が変更されることは、実際にありえるのだろうか?

 「GPS受信機は、その性格上米軍によって測位精度が故意に変更されることがあります」

 カーナビゲーション機材の説明書等などで、あなたはこのような文面を見たことがないだろうか? あるいは、カー用品店の店頭やウェブサイトで、同様の記述を目にしたことはないだろうか?

 では、このような記述は、正しいのだろうか?

 その答えは「原理的には正しいが、法的にも実際の運用面でも誤った記述である」。これが、現在の常識である。

GPS民生利用の経緯

 1973年に開始された現行のGPS計画は、1978年に実験衛星初号機の運用を開始している。 この時点では純粋に軍用システムとして企画されていた。 1983年の大韓航空機撃墜事故に代表される一連の民間航空機空路逸脱事件の後、当時のレーガン政権が民生利用にゴーサインを出したのである。

 意外なことに、GPSの民生利用が「法的」に保証されるのは、1996年3月のクリントン大統領令を待つことになる。これ以前のGPS民生利用に関しては、その精度などを保証する法的な裏付けがなかったのだ。

 逆に言えば、冒頭で取り上げたGPS機器の但し書きは、この時点で意味がなくなったのである。

測位精度の操作とは?

 周回軌道のGPS衛星群から送られてくる電波には、現在3種類のものがある。

 民生用に公開されているものが、L1-C/Aコード。 あなたがカーナビゲーションシステムで使っているのは、この電波だ。

 そして同じ周波数で軍用に使われているL1-P(Y)コード。

 最後が、測量用や大型航空機用の限定ユーザーに公開されている、L2-P(Y)コード。この電波は単独ではなく、L1-C/Aコードと併用して使われる。 あなたが国際線のジャンボジェットクラス旅客機に乗ったことがあれば、お世話になっているはずだ。

 日本時間2000年5月2日13時に解除されたことでニュースにもなった「SA」は、L1-C/Aコードにかけられていた、いわばスクランブルである。

 もともとノンスクランブルで実験運用を行っていたGPS波の測位精度の高さに驚いた米空軍は、衛星の設計を変更してSA(Selective Availability=選択的利用性)を実装した。 1990年にこのSAが運用開始されたことで、L1単周波測位による測位精度は、大きく低下することとなった。

 また、軍用として非公開だったPコードも民間企業によって解読され、対抗策として1994年に二重の暗号化によってYコードとされた(注:PコードとYコードの記載が当初、逆になっておりました。お詫びして訂正いたします)。

 これらの秘匿化の流れが変わりだしたのは、冷戦構造の瓦解によって、戦争の形態が変わってしまったことが背景にある。 東西ドイツ国境におけるNATO軍とワルシャワ条約機構軍の全面対峙が、もともとの基本シナリオであった。

 しかし現代の戦争は、ハイテク装備を誇る軍事力と、ローテク装備の軍事力による「非対称型」の地域紛争である。 GPS誘導兵器を、米軍の敵方が装備することはほとんど考えられない。

 またGPSを軍事インフラ=汎地球的民間インフラとすることは、度重なる軍事予算の削減に対抗するためにも有効な処置であった。

GPS波ジャミングのシナリオ

 1996年3月と2000年5月の2度に渡る米政府の政策変更により、GPS波の民生利用における測位精度維持が、法的にも保障されることになった。では米軍が、軍事作戦にともなってGPS波の利用を制限することはないのだろうか?

 衛星信号の操作ということでは、2004年夏以降に登場するブロック2RM衛星で、「スポットM」と呼ばれる新型軍用信号の高出力モードが実装される。 だが、これは敵軍のジャミング(電子妨害)に対応するもので、SAなどとは動作の方向性が異なる。

 逆に敵側のGPS利用を局地的に妨害するために、米軍側がジャミングをかけることも想定されている。このGPS波のジャミングは、さまざまな方法が検討されている。 これらは民間航空機などのナビゲーションへの干渉を防ぐために、実験日程と影響範囲が公開されている。

 このジャミングには、仰角が異様に低い低出力ジャマーや、パラシュート付き自然降下型ジャマーなどといった例があるが、これらを見ると、その多くが「地表」に対象を限定していることが推測できる。 米軍側の航空近接支援はGPS誘導を維持し、敵陸兵力のGPS利用だけを阻止するというのが、米国のシナリオだろう。

GPSジャミングにメリットはない?

 近年では、“9月11日”以降にアフガニスタンを中心に行われた一連のアルカイダ討伐作戦において、GPS受信の測位精度が等しく損なわれたことがある旨の報道が行われた。だが、これは本当にGPS波へのジャミングだったのか疑問が残る。民生用の単周波測位受信機では、戦場の通信強電界下や通常通信の妨害電波下においても、同様の事象は十二分に考えられるからだ。

 そもそも、星を読み、地を知るアフガンの民が、“Made in USA”のGPS受信機を使って移動しているさまを、あなたは想像できるだろうか? 非対称型戦争は、必ずしも資本力の差だけから生じるものではない。 砂漠や山岳の民を相手に、GPS波のジャミングなどという無駄なことを米軍も行いはしまい。これは誰でも容易に想像がつくことだ。

 中東戦域における非対称型戦争では、実は米軍がGPS波へのジャミングを行うメリットはほとんどないのである。 砂漠での米軍作戦支援、JDAM等GPS誘導爆弾の存在を考えれば、ジャミングを行いたいのは、むしろイラク側だろう。

 しかし……イラクが汎地球的な電波妨害を行うテクノロジーを持っていると考える人は、おそらくあまりいないに違いない。

[大河内豊秋, ITmedia]

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