News 2003年4月29日 00:23 AM 更新

“スライディングレンズシステム”の生い立ち――「オプティオS」開発秘話

光学3倍ズームレンズ搭載機種としては世界最小・最軽量のペンタックス「オプティオS」。多群多枚の沈胴式ズームレンズを極限まで薄くすることに成功したその画期的なレンズ機構は、どのように生まれたのだろうか

 光学3倍ズームレンズ搭載機種としては世界最小・最軽量となる小型ボディで人気を集めているペンタックスの3Mピクセル機「オプティオS」。多群多枚の沈胴式ズームレンズを極限まで薄くすることに成功したその画期的なレンズ機構は、どのように生まれたものなのか。開発者に話を聞いた。


オプティオSの開発メンバー。左から中野浩一氏、野村博氏、川野潔氏、遠藤安彦氏

 オプティオSを一躍有名にしたのが、多群多枚レンズの沈胴式ズーム機構を薄くする画期的な光学システム「スライディングレンズシステム」だ。従来、沈胴式ズームレンズの薄型化は、レンズ群の間隔をできるだけ詰めて収納させるぐらいしかなく、レンズ群の厚さで本体の厚さも決まってしまっていた。同社が開発した新システムは、沈胴時に中央部のレンズ群が光軸上から外れて上部にスライドし、前・後群レンズがその下に入るという上下2段でレンズを収納する独自機構で、沈胴式ながら厚さ20ミリという薄型ボディを作り出した。


画期的な光学システム「スライディングレンズシステム」。

 光学メーカーならではの独創的な新システムだが、開発した同社イメージングシステム事業本部開発センター第三開発設計部の野村博氏は「スライディングレンズシステムは薄型のズームレンズを追い求めた“結果の産物”であって、(アイデアが)当初からあったわけではなかった」と語る。

まずは“3段化ありき”――試行錯誤から生み出されたスライディング機構

 「タバコケースに収まるようなデジカメを作る」という目標でオプティオSの開発がスタートしたのが、2001年の夏ごろ。小さなレンズユニットを作るための研究を続けていた野村氏には、沈胴式で厚さ20ミリという数値目標を提示された。

 近年のデジカメは、使用時に鏡筒が前にせり出す沈胴式ズームを多く採用している。沈胴式では鏡筒の段数を増やすことによってより薄型化が可能となるため、銀塩コンパクトカメラでは4段鏡筒のズームレンズも登場している。だが、デジカメでは2段鏡筒がほとんどだ。

 「デジカメの場合、光線がCCDに対してまっすぐに入ってこないといけないため、光学系が銀塩カメラと異なる方式(レトロフォーカスタイプ)となり、鏡筒の多段化が非常に難しくなる。そのため、従来のデジカメは2段鏡筒が主流だった。だが、薄型化には鏡筒の多段化は必須。困難を承知で、3段鏡筒ズームレンズの開発をスタートさせた」(野村氏)。


銀塩カメラと光学系が異なるデジカメでは困難といわれた3段鏡筒を採用したオプティオS

 目標は厚さ20ミリのボディ。背部にLCDなどを実装することを考えると、レンズユニットは15−16ミリにしなければいけない。薄型を保ちながら段数を増やすためには鏡筒を短くする必要があるが、あまり短くすると今度は内部光学系の可動部が複雑になってしまう。

 「試行錯誤の結果、なんとか3段鏡筒でのズーム機構が出来上がったが、今度は短い鏡筒に収まる薄いレンズが無かった。3Mピクセルクラスのデジカメになると、レンズの良し悪しが画質に顕著に表れる。さまざまな収差などを取り除くためには、ある程度のレンズの厚みと多群多枚化は必要。せっかく考えたシステムがお蔵入りになるのかとあきらめかけていた」(野村氏)。

 メカ的には3段鏡筒のメドが立ったのに、レンズの厚さがネックで3段化ができない。だが野村氏は、デジカメのレンズが厚みはあるものの直径自体は小さいことに着目した。

 「『中央のレンズ群を収納時にどこかへやってしまえば、薄くできるのでは』というのが、スライディングレンズシステムの発想の原点。つまり、まず最初は“鏡筒の3段化ありき”だった。仮に、スライディングレンズ機構を先に考えたとしたら、薄型ズームレンズユニットはできなかったかもしれない」(野村氏)。

レンズがずれるアイデアの原点は“2焦点レンズ”

 スライディングレンズシステムを横から見た模式図だと、中央のレンズ群が斜め上方にずれていくように表現されている。非常に複雑な動きに見えるが、実際は1つの軸を中心に中央のレンズ群が上下しているだけで、可動する部分は一カ所だけという非常にシンプルな構造になっているのだ。


スライディングレンズシステムは、1つの軸を中心に中央のレンズ群が上下しているだけというシンプル構造

 「ズーム収納時も、レンズが宙に浮いて動いているわけではなく、鏡筒の収縮に合わせて中央レンズが跳ね上がるだけ。このレンズ退避システムは、昔の銀塩コンパクトカメラであった“二焦点レンズ”が発想の原点となっている。システムの信頼性や生産コストの面からも、シンプルな仕組みが絶対条件だった」(マーケティング部商品企画室長の中野浩一氏)。

 この画期的なズームレンズシステムを生かすため、同社が持つ最先端の高密度実装技術も投入。昨年世界最小クラスだったオプティオ330RSと比べて、LSI基板面積を約43%減らすことに成功した。


昨年世界最小クラスだったオプティオ330RS(右)と比べて、LSI基板面積を約43%減らしている

 「薄型ボディのための素材選択も重要。例えば、アルミにすると強度を保つために0.8ミリ厚にしなければいけないが、ステンレスなら0.5ミリ厚で強度を確保できる。わずかな差のようだが前後合わせると0.6ミリの違いとなる。このようなコンマ数ミリの攻防がギリギリまで続いた」(第二開発設計部室長の川野潔氏)。

 「スペースがないからという理由で、カメラとしての操作感を犠牲にしたくはなかった。ボタン配置1つをとっても、整然と等間隔になっている。また、フレキシブル基板を使ってボディ内側のスキマに配置したり、背の高い部品を互い違いに組み合わせてLSI基板2枚を張り合わせるといった徹底した省スペース化で世界最小・最軽量ボディを作り上げた」(第二開発設計部の遠藤安彦氏)。


フレキシブル基板を使ってボディ内側のスキマに配置するなど徹底した省スペース化で世界最小・最軽量ボディを作り上げた

 同社は今年2月のオプティオS発表会で、今年度内に10機種以上のデジカメを発売するという目標を掲げている。

 「オプティオSの開発で生まれたさまざまな新技術を、今後のデジカメ製品に反映していきたい。発売予定の10機種に新レンズシステムを搭載したものがあるかは、これからの発表を楽しみにしていて欲しい。さらなる小型化や高倍率化など、オプティオSの技術をベースに当社のデジカメの可能性が大きく広がった」(中野氏)。



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[西坂真人, ITmedia]

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