News:アンカーデスク 2003年8月4日 09:04 AM 更新

真空管から考える「アナログ」(2/2)


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 一つはロシア製Svetlanaのもので、これは人気があると見えて1本1800円とやや高め。もちろん店によって値付けはバラバラである。もう一つはフランスのR.T.Cというメーカーのもので、「これでよかったら」と店主が棚の奥から引っ張り出してくれたものである。これは2本で2800円だった。


Svetlana製6BM8。現在も現役で製造中


R.T.C製6BM8。箱の日焼け具合から見てかなり古い


オリジナルのEi製6BM8

 自宅に帰って、さっそく差し替えて聴いてみる。元々のキットに入っているEiのものは、中音域から高音の伸びがいいが、低音はやや弱い。また高音域で若干ふらつく感じもする。Svetlanaに変えてみると、これは低音から高音までバランスの取れた、「大人の音」になった。高音の伸びはEiほどではないが、安心して聴ける音で、人気があるのも分かる。R.T.Cのものは全体的にトーンが暗くなり、沈んだ感じになる。面白みに欠けるといった感じだ。

 上記の評価からすると、Svetlanaが一番いいように感じるかもしれないが、結局筆者はキットに付いてきたEiが好きで、一番愛聴している。この理由は、Eiの特性はオーディオとしては全然フラットではないが、同時にそういった破天荒なクセが非常に「楽器っぽい」んである。そこがイイのだ。

 かつてシンセサイザーがアナログだったころ、どのモデルもだいたい初期型のほうが太くてリッチな音がしていた。MiniMoogにしろProphet5にしろ、初期型に搭載されていたオッシレータの波形は、測定するとかなり歪みが多かったという。

 電気的に見れば品質が悪いということになるのだろうが、楽器としてみればその歪みが旨い具合にハマっていたということになるだろう。これが後期になり、部品精度が高くなるに従って、音が面白くなくなっていった。

 こういった意味の音の善し悪しは、ただ特性がいい部品を使えばいいという単純なことではない。特性の暴れや歪みによって作られる個性を楽しむというのも、アナログの醍醐味だろう。

差が付くのはアナログ技術

 現在は情報過多になっている割には、音の評価段階というのが単純化しているような気がする。その原因の一つは、秋葉原を今のような街に変えたPC世界の影響である、というのは考え過ぎだろうか。PCの世界では、いじる方向性に“絶対の正解”がある。つまり「速くなる」という正義に向かって、いろんなものがまっしぐらに進んでいる。

 どうもそんなニュアンスで、今のオーディオ機器の評価は「音が良い」か「音が悪い」という2種類しかないかのごとくである。しかし人間の感覚に訴えかけるようなものは、単純に良いとか悪いとかで分けられない。音楽という芸術の表現機であるオーディオも、またしかりである。

 音響工学的に言えば、人間は一人一人耳の形や外耳道の長さ、鼓膜の直径、そして脳の働きもそれぞれ違う。ある音が出ていても、すべての人に同じ音が聞こえているという保証はどこにもない。これは目も舌も同じで、自分と他人が全く同じ感覚世界にいると思ってはいけないのである。

 その人が最も好きな音、つまり自分の特性にあった音で音楽を聴くことが、最も幸せなことだろう。音楽がいろいろ変化してきたように、いい音に対する基準ももっと柔軟に構えていいはずだ。声の大きいヤツの言うことに惑わされず、もっとわれわれは自分の感性を信頼していい。

 結局のところ、人間が持っている入力器官は、全部アナログだ。人が心地よく思える技術は、いかにアナログ技術を高めていくかにかかっている。AV機器の世界では、もう各メーカーともデジタル技術では決定的な差が出なくなりつつある。今後人間の感覚に訴える製品で、クオリティの差を出せるかは、デジタル技術の台頭以降もいかにアナログ技術を大事に育ててきたかにかかっている。

 単に効率が良いだけではない、単に高いものが良いわけではない。そんなアナログの不思議なマジックを、われわれは求めている。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。



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[小寺信良, ITmedia]

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