News:アンカーデスク | 2003年9月29日 12:25 PM 更新 |
コクーンはなぜ迷走したか
「ITのいいところとAVのいいところでLinuxベースの商品というのは、ゴルフのフォーム改造みたいなもので、一時的にスコアは落ちると覚悟してました。ですからリスクヘッジ的に、TiVoとの協業でやる流れと、ソニー独自路線でやる流れを作っていったんです」
ソニー独自路線。壮大な「ものづくり改革」最初の一歩として生まれたのが、初代コクーン(CSV-E77)だ。当時、辻野氏のコクーン構想書には、DVD録画機能が搭載されていた。しかし先ほども述べたように当時DVD部門は別カンパニーにあり、機能を搭載することは叶わなかった。
大きな会社で導入されている「カンパニー制」は、景気低迷時に収益を上げる方法としては大きく機能する。これは小規模な例で考えてみるとわかりやすい。
会社組織でよく言われることだが、仮に10人社員がいるとしたら、そのうち実際に収益を上げているのは3人で、それが残りの7人を食わせているという状況だという。これで全員の給料が同じならば、当然収益を上げている3人はなんでオレたちばっかり働いて、という気になるだろう。逆に残りの7人は、別にオレたちが頑張らなくたって、という気持ちにもなろう。
この10人を2人ずつ組にして、「今月から君たち2人の収益から給料出すから」とやるわけである。それぞれの組は競争して収益を上げるよう努力するだろうし、組み分けすることで社会的地位がステップアップすれば、モチベーションも上がる。キミが部長でオレ課長、というわけだ。
だがそれらの組が競争した結果、そろいもそろって同じようなモノを作ってきたとしたら、どうだろう。コクーンの迷走は、この問題を「コクーン」というブランドで一つにまとめざるを得なかったところに始まった。
「いろいろなカンパニーから、たまたまHDD乗せてネットワークつなげるという製品が提案されてきた。ソニーとしては市場の混乱を避けるために、コクーンというブランドで統一する必要があったわけです。ですが結果的にはご指摘のように市場は大混乱で、コクーンって一体何よ、ということになってしまった」(辻野氏)
「スゴ録」が鍵を握る
カンパニー制というのが会社内に壁を作る行為であるならば、当然ながら「誰と誰が組むのか」が重要である。この4月の組織変更で、DVDのチームも辻野氏のカンパニー下に組み込まれた。周回遅れと言われながらも「スゴ録」で首位奪還に見せる自信は、こんなところにあるのかもしれない。
「DVD商品というのは、本来ソニーが負けちゃいけないところなんですよね。そこがあれば、初期のコクーンのコンセプトもうまく機能したはず」
コクーンのコンセプトは、それを完全に理解している辻野氏の手元にすべてのパーツが集められたこれからが本番、ということになる。だがここで気になるのが、「スゴ録」の位置づけだ(関連記事:「周回遅れからトップシェアへ」――ソニーDVDレコーダー「スゴ録」)。
「コクーンは次世代テレビの提案なんですけど、お客様から見ればレコーダーの範疇(はんちゅう)で見られます。ですから今度打ち出し方も変えて、スゴ録と一緒に見せていく。スゴ録は、従来のパラダイムに居る人たちを次世代に導くための導線だと思っています。今までコクーンは、指名買いしかあり得なかったわけです。例えばディスクレコーダーを買いに来たお客さんがDIGAの棚に行き着いて、横を見るとソニーの棚がある、という状況ではなかった。ですが今度から横を見れば『スゴ録』がある、さらにその横には『コクーン』がある。商品展開という意味では、スゴ録と一緒になったのでやりやすくなった。」
辻野氏はコクーンのインテリジェンスを、「憑依する概念」と呼ぶ。これがもし遺伝子と呼ぶのであれば、それ自身が製品の核となるのだろうが、「憑依」ということは、いろいろな製品に対してくっつけていける概念、というニュアンスを感じる。そしてスゴ録は、その形からDVD±レコーダ「RDR-GX7」にコクーンの概念が憑依したものと考えてもおかしくない。
「コクーンは次世代テレビの提案として、誰かが作った番組編成枠からわれわれを解放する、そして自分専用の放送局を作ろう、そんなコンセプトなんです。放送コンテンツというのは、実に週3000本も流れているのに、そんなに見られませんよね。膨大な資金とエネルギーが無駄になっているわけです」
「デジタル配信云々の前に、アナログコンテンツというのはまだまだ深堀りする要素がある。今後はテレビそのものの産業構造の転換をやり、新事業スタイルの提案もやっていきます」
現在のテレビ産業は、コマーシャルという広告資金をベースにすべてが動いている。もちろんNHKを除くが。無料でテレビが見られるのは、ソニーのようなスポンサーがコマーシャルを流す代わりに、番組制作費を提供してくれるからである。ソニーもスポンサーとして、コマーシャルの存在そのものを否定するわけにはいかないだろうが、すでに放送業界ではこのような収支モデルに限界が来ているのも、動かしがたい事実だ。
次世代のテレビは、どんな新しい産業構造を映し出してくれるだろうか。その革命は、既にSONY内部で始まりつつあるのかもしれない。
小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。
[小寺信良, ITmedia]
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