News:アンカーデスク 2003年10月28日 08:15 PM 更新

っぽいかもしれない
人類が初めて南極で見る皆既日食!?

日本時間の11月24日早朝、南極大陸で皆既日食が見られる。この日食の様子を全世界にインターネット中継する人たちがいる。人類が(おそらく)初めて南極で見る皆既日食。どのように中継が行われるのか、聞いてみた。

 2003年11月24日(日本時間)の朝、南極大陸で皆既日食が見られる。そして、この日食が「ライブ!ユニバース」によって、全世界にインターネット中継される。

 「ライブ!ユニバース」というのは、日食を始めとする天文現象をインターネット中継するということを目的にした非営利団体だ。もっとはっきり言っちゃうと「好きな人たち」の集まりだ。本職は他にある人たちが、天体ショーがあると集まって、みんなで中継をしてしまうというものである。企業からの寄付や機材やノウハウの貸与も受けているけど、基本的には手弁当である。

 彼らは、1997年のシベリアの皆既日食から始まって、今までにいくつもの天文現象を中継してきた。1999年にヨーロッパであった「20世紀最後の皆既日食」は、9カ所の中継地点をつないで、次々に太陽が欠けていくところを見せるという、インターネットならではの醍醐味も見せてくれた(*1)。このころは、イベントごとに実行委員会を立ち上げていたのだけど、ライブ!ユニバースは継続的な団体だ。でも性格はあまり変わっていないようだ。

 今回の日食の最大の特徴は、それが南極大陸から見られるということだ。人間が南極大陸に足を踏み入れるようになってから、まだ100年ほどしか経っていない。その間にこの大陸では6回の皆既日食が見られたはずだ。

 しかし、過去の日食を誰かが見たという記録は残っていない。ちょうど第1次世界大戦の真っ最中だったり、見られる場所が一番近い基地からでも800キロなんてところだったり、ブリザードの季節でおそらく太陽なんて見えやしなかっただろうなんて時だったり、タイミングも悪いのだ。だから、(まだ完全に検証されたわけじゃないけど)、今回は「人類が初めて南極大陸から見る日食」ということになりそうなのだ。

 観測値は東南極の「Shackleton Ice Shelf」(*2)。皆既帯が最初に南極大陸にぶつかる場所だ。そこに行くのは、市川雄一さん(1971年生)。今までの中継では、それでも何人かのスタッフを現地に送り込んだけど、今度はそうはいかない。単独だ。……というより、今回のプロジェクトは、そもそも彼が「南極に行く」と言い出したところから始まったのだ。


単身で南極に向かう市川雄一さん

 11月2日に日本を出発し、飛行機で南アフリカへ向かう。そして11月4日にポートエリザベスから、ロシアの砕氷船「Kapitan Khlebnikov(カピタン・クレブニコフ)」号を使ったツアーで、南極大陸を目指す(*3)。途中いくつかの島に立ち寄りながら、11月22日には「Shackleton Ice Shelf」に到着の予定。

 当日は、松下電器産業のDVカメラを2台使って、太陽のアップと、太陽を含んだ南極風景のロングの2つのカットを撮る。アップのほうは、欠けていくのに合わせて減光フィルターを交換していき、明るさの変化に露出を合わせるが、ロングのほうは、基本的に置きっぱなし。そのときの風景をそのまま映し出す。同時に、風力計、照度計、温度計も置き、そのデータも送る。

 撮影している映像は、その場で圧縮して、インマルサットB経由で日本に送られる。新しいインマルサットMは、ビームが南極に向いていないという理由で使えないのだ。伝送レートは64Kbps。現地での圧縮をいかにうまくやるかがノウハウである。

 初夏の南極は厳冬期の北海道よりは暖かい。おそらくマイナス10度くらいですみそうだ。とはいえ、皆既中にどうなるかは全くわからない。低温対策もなされている。最も不安なバッテリーについては、万が一のときには船から電源ケーブルを引っ張ることも想定しているそうだ。

 機材の総重量は100キロほどになる。ポイントポイントでは、そこにいる友人の手を借りる手筈はできているのだそうだが、それにしても現地では大変だ。幸い、「Shackleton Ice Shelf」は船から直接降りられそう(南極の多くの場所は、間をゴムボートでつながないと上陸できない)なのだけど。市川さんは、もと山岳部だそうだから、その経験が生きるのだろう。

 さて、日本では、受信したデータをもとにインターネット用に再エンコードし、音声データ(これは、現地からイリジウム経由で送られてくるものと、日本とのかけあい)を加えて、配信するというわけ。このほか、高品質画像配信の実験も行われる模様(*4)。


 中継番組は河村光彦さんが構成。彼は番組制作のプロだ。普段は「1年かけて撮った物を20分にまとめる」なんてことをしているのだけど、今回はTVでも映画でもないインターネット中継ならではのものを! と熱っぽく語る。


中継番組を担当する河村光彦さん

 ワンカメによる南極風景のロングショットをただひたすら映し続け、それに太陽のアップの映像を並べるという「インターネット中継ならではのほとんど動かない番組」というのを作るようだ。音声も音楽はなし。欲しかったら自分でCDをかけてくれというスタイル(FM放送と連携できないかということは考えているようだ)。

 現地の市川さんの声、それも「アナウンス」ではなく、実際にスタッフとやりとりしているような声、それをそのまま流したいのだそうだ。また、理解を深めてもらうために必要に応じてライブ!ユニバースメンバーによるトークを加えるというスタイル。

 TVなんかにくらべると思いっきり地味だ。素材そのままって言ってもいい。でも、作り手がその素材に自信があるなら、このスタイルが最も高い効果をあげる。TVなんかでよくあるのが、素材に自信がないあまりに(もっと正確に言うと制作者が素材の良さを理解していないがために)不必要なにぎやかしを加えて、結局、全く面白くないものにするっていうような失敗だ。河村さんは、さすがにそのへんは分かっている。期待する。

 中継のスケジュールは次の通り。時刻はすべて日本時間。

2003年11月24日(日本時間午前)
6時00分:中継スタートまだ、東京作業風景や南極の風景の中継
6時40分:欠けはじめメンバーによるトーク開始
7時40分:皆既開始皆既時間は約2分。ダイアモンドリングの瞬間を見そこねないように注意
8時40分:欠け終わり中継終了。このあと、ビデオ・オン・デマンドによるダイジェスト版も予定

 そして中継サイトはLIVE! ECLIPSE 2003だ。現在まだ準備中だけど、市川さんが「Kapitan Khlebnikov」に乗船する11月4日に正式オープンし、彼の毎日の日記(イリジウムで送るのだ)、それに日食や南極に関する知識を少しずつ紹介していくそうだ。この手のイベントは、事前に知識を持っていると、楽しみが何倍にもなる。チェックしておこう。


正式公開時のイメージ画像

 この日は、NHKでも日食中継が行われる。こちらは、昭和基地に近い側で撮影されるだろうから、「Shackleton Ice Shelf」よりも皆既になるのが遅い。合わせて見れば、地球の動きというのを少し実感できるかもしれない。

 ところで、「Shackleton Ice Shelf」のあたりにはアデリーペンギンのルッカリーもあったはずだ。日食のときペンギンはどんな顔をするんだろう。わたしはそれも知りたい。

 あとは、当日、現地が晴れることを願うだけだ。あのあたりは、10月末から11月上旬ころまでがブリザードのシーズンなんだそうだ。11月24日なら、もうそのシーズンは終わっている「はず」である。今年の日本の梅雨みたいなこともあるから、「はず」としか言えないんだけど、そのはずだ。祈ろう。


*1 20世紀最後の年の2000年は、地球上のどこから見ても日食は起きなかった。こういうことはめずらしい。
*2 映画にもなったので知っている人も多いだろうけど、イギリスの探検家サー・アーネスト・シャクルトンにちなんだ名前だ。彼が1914年に南極探検隊を募集するために出した新聞広告は、最高の傑作として今でも語り継がれている。「求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証なし。ただし、成功の暁には名誉と賞賛を得る。--- アーネスト・シャクルトン」
*3 ツアーといっても、性格上、上陸地点などにかなり融通のきくものであるため、とても高い。値段を聞いたけど、通常の南極ツアーの3倍くらいの価格である。
*4 それが一般に公開されるのかどうかはまだ未定だそうだ。

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