ITmedia NEWS >

東大の坂村教授、「ユビキタスの実現には10年が必要」

» 2005年07月01日 08時30分 公開
[柿沼雄一郎,ITmedia]

 東京ビッグサイトで6月29日から7月1日まで開催されている「ESEC:組込みシステム開発技術展」、その第二日目の基調講演には、東京大学 大学院 情報学環教授の坂村健氏が登場した。

 坂村氏はご存じのとおり、純国産RTOS(リアルタイムOS)であるTRONの生みの親として知られている。現在、TRONは携帯電話をはじめ、デジタルカメラや自動車のエンジン制御など組み込み分野(エンベデッド)で最も多く採用されているOSとなっている。また、坂村氏が会長を務めるT-Engineフォーラムは、組み込み型システムの開発用プラットフォームである「T-Engine」の標準フォームファクターを規定し、その研究開発や普及啓蒙活動を行っている。その坂村氏による「エンベデッドの未来」と題した講演が梅雨空の午前に行われ、会場は多くの技術者や開発者たちで埋め尽くされた。

東京大学 大学院 情報学環教授の坂村健氏

 「私が日本ではじめて唱えた『ユビキタス』という言葉は、すでに日常的な日本語になってしまった。例えば『ユビキタスな社会』と言えば、英語のユビキタスという意味から導かれる文法構造的にはおかしいが、高度な情報通信を利用した社会という意味で使われている」(坂村氏)

 「ユビキタスはすなわちインフラであり、社会としてこの構築こそが最も重要視されるべきもの」というのが坂村氏の常に強調している点だ。「一般的にインフラの構築には10年20年といった時間がかかる。民間(企業)だけでなく官を含めた国家全体として取り組む必要がある。ユビキタスとはそういうものであるということを周知しなければならない。ましてや2〜3年程度でビジネスにしようというのはとうてい無理」として、昨今の企業内で置かれがちないわゆる「ユビキタス事業部」といったものの即時的なあり方を否定した。

 こうしたユビキタス社会の実現に向けて、組み込み分野は重要な役割を担う。組み込み分野そのものがユビキタス社会のインフラであり、そのためのハード/ソフトの同時開発が求められている。

開発の「哲学」を極める

 このような現状をもとに組み込みの未来を語ろうとするとき、ポイントは次の2点に集約されると坂村氏は言う。それは、組み込み分野で何を作るか、そしてそれをどうやって作るか、である。何を作るかとはつまり、目的をはっきりと持つことである。そしてどうやって作るかとは、実現のための指針をきっちりと設けることだ。

 「RFIDが流行だからそれを使うのではなく、流通をIT化するためにRFIDを利用するのだといった本末をしっかりすること」が必要だと坂村氏。また、セキュリティや開発効率をどう高めていくかという技術的な問題や、さらには知的所有権や製造物責任など、法的問題を技術の問題とあわせて考えていかなければならない。これを坂村氏は開発の「哲学」と呼んだ。

 ヨーロッパではすでにこうした動きが顕在化している。「かつては日本の組み込み分野の特色でもあった職人的開発が限界に来ている。それは単に工具(開発システムやツール)の問題ではなく、開発の哲学の問題」(坂村氏)。つまり、開発というものを単にものを作るということではなく、それが及ぼすものについても包括的に考えていかなけばならないということだ。

 「つくり方の未来を考えることが重要、しかも哲学レベルから」(坂村氏)

 坂村氏は、こうした組み込み分野として全体的に配慮すべき点というものについての重要性を説き、講演の最後にはその実現のためのT-Engineフォーラム、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所、そしてユビキタスIDセンターでの活動を紹介した。現在、これらに参加する組織は500にのぼる。組み込み分野に関する企業フォーラムとしては世界最大だという。

組込みシステム開発技術展会場内にあるT-Engineフォーラムブース
パーソナルメディアは、学習プラットフォームなどT-Engineに関するさまざまな展示を行っている

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.