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初音ミクは「権利者」か

» 2008年03月18日 11時22分 公開
[岡田有花,ITmedia]
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 「初音ミク」は、「楽器」なのか「歌手」なのか。歌手だとしたら、ミク本人に著作隣接権(実演家の権利)が発生し、著作権料を配分する必要があるのではないか――3月17日に開かれたデジタルコンテンツ協会のセミナーで、歌うソフト「初音ミク」の位置付けや、著作権法上の扱いについて意見が交わされた。

 初音ミクを開発したクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長や、ミクのエンジン「VOCALOID 2」を開発したヤマハの剣持秀紀さん、弁護士の小倉秀夫さん、コンテンツ投資を手がけるシンクの森祐治社長などがそれぞれの立場から意見を述べた。

初音ミクは「楽器」だったが……

画像 「ここまでの注目は予想外。DTMユーザーに売るための新しい楽器で、一般の人が使うことはないだろうと思っていた」と伊藤社長

 初音ミクは、声優・藤田咲さんの声を元に合成した音声で、指定した通りの歌詞と音程で歌うことができるバーチャルインストゥルメント(仮想楽器)だ。クリプトンの伊藤社長は開発当初から、ミクを「楽器」と考えていたという。

 「初音ミクはVSTi(バーチャルインストゥルメントの規格)であくまで楽器。バーチャルアイドルではない」(伊藤社長)。その考えは「初音ミク」ソフトの使用許諾書にも反映されている。「製品の使用許諾書には、初音ミクの絵や商標の許諾は含まれていない。製品とキャラクターは別」

 だが、あまりに人間らしい歌声と「初音ミク」という名前、ツインテールの16歳の女の子という姿が、ミクに単なる楽器以上の人格を帯びさせた。ユーザーは、ミクを人間に見立てた歌を作ったり、ミクの姿がいきいきと動くアニメと歌を組み合わせ、「ニコニコ動画」に投稿。ミクの歌声とキャラクターは不可分になってきた。

人格を持ち始めた初音ミク

画像 VOCALOID2 初音ミクに「Ievan Polkka」を歌わせてみた

 「ミクは音源を鳴らしているだけなのか歌唱なのかという議論があるが、ミクの声は誰が聞いても“歌”だ」――VOCALOID2を開発したヤマハの剣持さんは言う。

 「ニコニコ動画で、初音ミクを『鳴らしてみた』『使ってみた』と言う人はほとんどおらず、みんな『歌わせてみた』と言う。高音域を歌わせたら『かわいそう』などと、調子外れの歌だと『誰だ? ミクを酔わせたのは』といったコメントが入る。初音ミクというバーチャルな人格を認めているということだろう」

 初音ミクを含むVOCALOID製品の使用許諾書では、公序良俗に反する歌詞を公開・配布することを禁じている。「キャラクターや、声を提供してくれた人のイメージを傷つける可能性がある」というのがその理由だが、これも、ヤマハやクリプトンが、声とキャラクターを不可分の“人格”と扱っている証左といえそうだ。

ミクは著作隣接権を持つか

 初音ミクの著作権法上の扱いはどうなるのだろうか。ミクがピアノやバイオリンと同じ楽器ならもちろん、著作権は持ちようがない。だが「歌手」と認めるなら、ミク自身が実演家として著作隣接権(録音、録画権など)と著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権など)を持つ可能性がある。ミク作品の録音・録画物から収益が発生した際、初音ミク“本人”に著作権料を支払う必要が出てくる――ということになるかもしれない。

画像 小倉さん

 場合によってはミクの声を担当した声優の藤田咲さんも権利者となる可能性があると、弁護士の小倉秀夫さんは指摘する。藤田さんによる声のデータ提供が「実演」と認められ、初音ミクで歌った楽曲が「藤田さん実演の録音・録画物」と認められれば、藤田さんの著作隣接権が初音ミク作品に及ぶことになるためだ。

 ミクが歌う楽曲を作った作家たちは、どんな位置づけになるだろうか。レコード制作者の権利(原盤権)を持つことは確かだろうが、ミクで演奏した主体として実演家(歌手・演奏者)の権利も持つことになるだろうか。

 人気のミク作家たちは「○○P」(プロデューサー)と呼ばれているが、彼らは作詞作曲家・原盤権者としてだけではなく「初音ミクというアイドルのプロデューサー」としての還元も受けるべきだろうか。

 「初音ミクの場合、ヤマハとクリプトン・フューチャー・メディアには収益が発生している。ミクが人格のない楽器ならそれだけでよかったのだが、実際はそうではない。バーチャルアイドルへの配分をどうするか、藤田さんにどう還元するかといった課題がある。また将来、コンピューターによるコンテンツ制作でもうかるようになった場合、プログラマーは演出家に当たるのか、といった議論もある」(シンクの森社長)

 “人格”を持つ電子楽器「初音ミク」は、これまでの著作権法や権利ビジネスの仕組みが想定しない全く新しい存在だ。「法律家も、新しい課題ととらえて考えていかなくてはならない」(小倉さん)

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