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瀬名秀明に聞く「仮想世界」「ケータイ小説」「初音ミク」(3/3 ページ)

» 2008年03月31日 08時45分 公開
[岡田有花,ITmedia]
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画像 ハジメテノオトは3D動画のPVも作られた

 初音ミクは、人の感情を表現する「楽器」として、発展を続けると見る。「例えば、いつか初音ミクがフリーになった時、人々はピアノを弾くようにミクを使うかもしれない。将来は小学校で、VOCALOID(ヤマハの音声合成ソフト。初音ミクにも使われている)にまずお手本を歌わせるかもしれない。今後すべてのPCにデフォルトで入って、iTunesで落とした曲はすべて自分で好みのボーカルに変換できるかもしれない」

 今後、ミクが単なる楽器としてではなく、知能を持ち、成長していくようなことはありえるだろうか――人工知能やロボットの研究者として、そんな未来を展望する。

 「計算機科学の父、アラン・チューリングは『人間のようにふるまうものがあれば、それは知能を持っているといってよい』と定義した。その後『環境に適応する能力が大切』という考え方が生まれ、成長するにつれて獲得する社会性を含んだものを、知能ととらえるようになった」

 そんな知能を、ミクは持ち得るか。

ミクは知能を持つか

 ミクはユーザーの手によって人格のようなものを帯び、成長しているように見える。「16歳」「緑のツインテール」「かわいらしい声」などといった「キャラ設定」があり、ミクで創作するユーザーたちは、その設定を共有した上で、自分なりの表現を付け加え、その表現がミクに新たな「設定」を加え、ミクが進化していく。例えば「ネギを振る」という設定は、当初なかったものだ。

 だがその進化はあくまで「設定」の進化。使う人が求めるままに変化させられているに過ぎない。“設定の進化”を超え、ミクが将来、本物の人間のように「成長」していくことはあるだろうか。求められるままの進化だけでなく、自ら意志を持ち、もしくは意志を持っているかのように独自の輝きを放つことはあり得るだろうか。

 「少女を自分の意のままに作り上げていく『マイ・フェア・レディ』系の物語は、いつも少女の自立がクライマックスになる。そういうことがミクにもあるだろうか」

 「いまミクはユーザの都合のいいように『調教』されていると思うが、それを超えて『成長』していった時、わたしたちは、今までとは違った音楽を聴き、本当にミクへ声援を送るのかもしれない。それが具体的にどういうことなのか私は分からないが、それはちょっとした希望のようにも思える」

 「エヴリブレス」に登場するアバターは知能を持つ。本人のPCをスキャンし、趣味や嗜好を反映した上で、バーチャルな世界で人間関係を作り、永遠に生き続ける。

 「エヴリブレスは、永遠の世界の中で本当に恋愛できるだろうか、ということを書いてみた小説」

作家は「成長する楽器」

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 「わたしたち作家は、常に“初音ミク”と人間の間を行き来して、揺れ動きながら作品を書いていると思う」――初音ミクを「ユーザーの要望をストレートに反映する楽器」と定義した上で、そんなふうに言う。

 「作家は、作品を発表してゆくにつれ、社会性を身にまとうようになる。各種の作家団体との付き合いが始まり、出版社や編集者と付き合いで連載が決まり、賞取りレースに参加する。そういった中で作家はさまざまな経験をし、それらは作品に影響を与える」

 ひねった作品より王道が売れる。作家の個性や意志や成長欲求と、多くの人が受け入れる作品や賞を取れる作品は、しばしば矛盾する。「わたしたちはその辺のバランスを考えながら、収入との兼ね合いをしながら、前に進もうとしている」

 しがらみから完全に自由だが、読み手の読みたいものを「生産」する人工知能のような機械と、社会的なしがらみにまみれながらも、自らの意志と知能を発揮する人間。作家はその間を揺れ、成長しようともがく。

 「作家は誰しも、成長願望があると思う。昨日の作品より今日の作品のほうがよくなっている、あるいは自分は変化し続けている、と思いたがっている。作家は成長する楽器である、と自分自身では思いたい」

5年後の小説を作りたい

 瀬名さんは研究者出身。小説が、未来につながる“研究”になればいいと話す。「研究するように小説を書いているらしい。自覚はないが」

 「技術者が『この技術で5年後の未来はどうなっているんだろう』と考えることがあると思うが、自分の小説も、5年後とか10年後の小説のあり方を作るような、5年後に小説ってこうなっているといいな、という希望みたいなのがある。そういうきっかけになるような小説を書きたい」

 エヴリブレスの主人公・杏子は常に、未来を考えながら生きている。

 「僕らの脳の働きの癖だと思うが、未来を考えるのはすごく難しい。でも、未来を考えるという自分の脳の働きも、面白いんじゃないのと思っていて。恋愛小説を読みながら、そういうことを感じられて、ふっと未来を考えるような生活ができると、その日はちょっと豊かになるんじゃないかな、と」

瀬名さんサイン会

TOKYO FMは、瀬名秀明さんのサイン会と、ラジオドラマ版「エヴリブレス」で主役・杏子を演じている中嶋朋子さんのトークショーを、4月4日に八重洲ブックセンター本店(東京都中央区)8階のギャラリーで開く。

トークショーは午後6時半から、瀬名さんのサイン会は午後7時から。

詳細はWebサイトで。


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