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ベンチャー経営の「失敗談」データベース、経産省が公開 リアルな声、足で稼ぐ(2/2 ページ)

» 2008年05月19日 07時54分 公開
[西川留美,ITmedia]
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 調査対象企業は300社。まず30社に対して第1回の調査を実施し、その結果から調査方法や公開可否の確認方法を検討。残り270件を第2回調査として実施した。最終的に100件を目標にインタビューを進めることにした。

 「サイトのイメージは調査前からありました。失敗事例を載せること、倒産した企業以外の事例を取り上げること、失敗だけでなくその後どうなったのかを書くこと、これは外せないと」(畑田氏)

 読者も経営者だけではなく、学生やベンチャーキャピタルなどの投資家を想定し、できるだけ読み物として作ろうした。「政府の作ったものであるとはいえ、教育めいたものにならないように意識した」と畑田氏は言う。プルダウンで数字を反映できたり、経営者の前職まで調べられるようになっているところにもこだわりがみられる。

インタビュー後に掲載NGも

画像 畑田氏

 とはいえ、調査はそう簡単には進まなかった。「始めは『国の調査です』と言って電話しても信じてくれないんですよ。『最近役所を名乗る詐欺が多いから』と」と畑田氏は苦笑いする。

 そのため、日刊工業新聞で掲載された「経産省が失敗体験の事例集を作る」という内容の記事をFAXすることにして、ようやく信用してもらうという有様だった。こうした地道な取り組みで、インタビューの協力を依頼して回ったのだという。

 畑田氏を含め、経産省の担当者たちはできるかぎりインタビューに足を運んだ。役所には届いてこない生の声を、この機会に彼ら自身もしっかり聞いておきたいと考えていたからだ。また、あらゆる経済活動の最新の動きを把握していくという業務の一環として、このプロジェクトの担当者だけでなく、同局の若手職員も同席するケースもあった。

 そして、対象企業300社のうち169件のインタビューに成功した。そのうちデータベースの要件を満たすものが100件あったが、掲載承諾が得られたのは結果的には83件となった。

 企業の失敗体験は、ただでさえ重要な信用情報だ。インタビューに応じたとしても、掲載するとなると、さらにハードルが上がった。

 「最後まで話を聞かせていただいて、じゃあこれを掲載して良いですかというと、そこで初めてNGといわれるケースも多かったです」と畑田氏は言う。未知のサイトであり、どこまで公表されるかも分からない。また、危機を乗り越えきっていない企業も多く、資金繰りに影響するかもしれないと懸念する企業は、たとえ国のサイトであれ二の足を踏んだのだった。

 逆に、回答掲載を承諾した企業も、現状はさまざまだ。すでに危機を乗り越えてしまった会社というケースもあるが、「失敗を人に話すと頭が整理できる」という考えや、「失敗をして自社の強みが分かった」という経験から、後輩経営者のためにとOKしてくれた会社もあるのだという。

失敗原因を分析できていない経営者も

 興味深いのは、掲載はOKだったが、インタビュー内容を精査してみると、「失敗原因を経営者が分析しきれていない」というものがあったという点だ。

 例えば、あるベンチャー企業で「規模をどんどん広げていったら、支社まで自分の経営が行き届かなかった」という回答をした経営者がいたのだという。しかし、畑田氏はその回答に疑問を持った。「それは右腕になる部下を育てなかったからなのでは」と考えたのだ。その疑問を経営者にぶつけると、それは違う、そんなはずはない、と経営者はかたくなに否定したのだという。

 経営者が自分の失敗の理由が分かっていない、それでは「教訓」となるデータベースには適さない。そうした事例は、やむなくデータベースからは外すことにしたのだという。

 データベースは4月30日に公開されたが、すでにかなりの反響があるようだ。実は、このデータベースは経産省のサイトの中でもずいぶん階層が深いところにあることからも分かるように、それほど大きなプロジェクトではない。むしろ小さめだ。それでもこれに反応している人々がいるということは、ニーズの大きなものであったことを示す証左と言えそうだ。

 同省では本年中はこのサイトをPRしていく構えだが、今のところこのサイトのデータベースの補充・拡大は考えていないようだ。「まずは呼び水になればと。今後はかつてのドリームゲートプロジェクト(2003年に経産省の後援で発足した、起業のサポートプロジェクト)のように、自主事業として発展していけばいいなと考えています。本当はwikiを使ってどんどん更新していける仕組みにできたらいいのですけどね」(畑田氏)

 ――こうした会社の失敗を語る事例は、現役の企業、さらには企業の規模が小さいほど、今後の資金繰り面を考慮すれば公には語りにくいものだ。それが、これほどの数でまとめるというのは、メディアを含め、一企業ではそうそうできるものではない。こうした意義のあるサイトが今後も省庁から登場してくることに期待をしていきたい。

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