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「ニコ動作家はもうけちゃダメ?」「才能、無駄遣いしていいの?」座談会 UGCの可能性を考える(前編)(3/4 ページ)

» 2008年07月18日 12時59分 公開
[大塚純,ITmedia]
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津田 言葉で見ると「Copyright」てわかりやすい権利なんですよね。要するにコピーするためのライツ、コピーするだけの権利でしかない。ところが日本の場合、それが日本に輸入されたときに版権という形じゃなくて「著作権」、要するにこれは「Author's Right」という考え方になった。

 栗原さんのおっしゃったインセンティブ説というのが、まさにアメリカやイギリスの法律がそうなっていて、ドイツやフランスが自然権的な発想ですよね。日本の著作権法は後者の影響を強く受けてる。

 そして、ようやくそこに対してもメスを入れなきゃダメなんじゃないかということを、東京大学名誉教授の中山信弘先生が今言い出しているという状況ですよね。

栗原 何でもアメリカがいいかというと、絶対そんなことはないと思うんですけど、この問題に関してだけは、ちょっとアメリカ風にいきたいなと、いくべきじゃないかと思いますね。

津田 根本的な話ですよね、本当に。インセンティブなのか自然権なのかと。

日本のアーティストは給料制という「びっくり」

栗原 米国のアーティストや関係者なんかと仕事でやりとりすることはあるんですか?

太田 あります。大抵の場合、日本のマネジメント会社は給料制みたいなものじゃないですか。例外もあるんですけれど。それについて海外の人に話すと、やっぱりびっくりするんです。

栗原 日本が給料制になっているという事実に?

津田 アメリカとかは無いんですよね、いわゆる日本の芸能プロダクション、音楽事務所みたいな存在が。

栗原 向こうはエージェントみたいな?

太田 そうです、エージェントとか、あとはアーティスト本人が法律関係の人を選んでマネージャーとして雇うとか。

栗原 あくまでもアーティストにエージェントがくっついているというか、補佐する立場と。

津田 作品ごとに変えたりするんですよね、向こうは。

太田 だから、日本のシステムを説明すると、「え〜!?」みたいな。

津田 その差ってすごく大きいですよね。日本のそのやり方には、良い面と悪い面があって。まず、給料が必ず入ってくるじゃないですか。そうすると極端な話、パチンコ毎日やってても、音楽作らなくても、お金が入ってくる。もちろん作品を作らなきゃ事務所はクビになるわけですが、「創作と自分が生きていくことを両輪で考える」という意識はアメリカのアーティストと比べると低くなるかもしれない。

 ただ、それには良い面もあって、給料でお金が分割されるじゃないですか。そうすると、バンドがバンドとして成立しやすくなるんですね。普通バンドで作詞・作曲してるのって、ギターとかボーカルとか、特定の人に集中しがちだから、まともにバンドの収入を著作権料ベースで分配すると作詞や作曲をしないベースやドラムに金が入らなくてもめて脱退したりしちゃう。給料制だと、そのあたりをある程度フラットにする効果があるから、バンドとしての寿命が長くなる。収入をメンバーで均等割にしているバンドは結構多いみたいですね。

 いずれにせよ、その辺の環境的な要因が日本と欧米ではまったく違う。音楽だけじゃなく、漫画なんかもそうですよね。そもそもアメリカにはそういう漫画を作り出す編集システムもほとんどないので、漫画家自体なかなか生まれてこない。

 それだけクリエイティブの現場の状況が違うときに、ニコニコ動画が作り上げたUGC的なカルチャーが向こうで盛り上がるのかなという話もありますよね。CCって向こうでは日本よりも浸透してますけれど、音楽でいうと楽曲そのものよりも、楽曲制作のための「ループ素材」の共有が一番盛り上がっていたりするんですよ。ニコニコのように「オレが曲作って、お前が絵を付けて、プロモーションビデオは誰かが作ってよ」みたいなのが盛り上がっているわけじゃない。

 だから、著作権法とか過剰にコンプライアンスを気にするビジネス慣習とか、環境的な要因だけを見てしまうと、日本はダメなのかなとか思いがちなんですけれど、アメリカ型に全部移行したらその過程で失われるものもあるんじゃないかなと僕は思うんですよ。だから、日本の特殊性から来るいいところを失わないようにしつつ、でもクリエイターにはお金がいくようになった方が良いよねっていう。今後はそこを模索していきたいなと。

嫌儲はもったいない?

吉川 やはりお金はまわさないと、嫌儲でお金をまわさない方向にいくのは、あまりよろしくないと思うんですよね。

栗原 まぁ、だから、そういう人がいてもいいですよ。それは他人が強制することじゃないですから。

一同 (笑)

吉川 お金を回したい人はまわせるように、回したくない人は逆にもうガードをかけられるように選択できればいいんですけどね。

津田 他人が強制するんじゃなくて、空気が強制しちゃうから問題なんじゃないですかね。

吉川 そう、それがよくないですよね。1次創作している人達にお金を回さないと次が出てこないじゃないですか。2次、3次で盛り上がりたければ特に。その辺まで考えている人も、もちろんいるんでしょうけれど。でも、今反対している人達はそこまでは考えずに反対しているような気がする。

音楽業界は初音ミクを追いかけていない

津田 そういう特殊な文化があるからこそ、既存のコンテンツ産業の人が、UGCみたいなものに対して「どうせ素人がやってることでしょ」みたいに冷ややかに見ているところがあると思うんですよね。音楽業界の人って、初音ミクのこととか全然追いかけてないよねって話は結構よく聞くんですが、そのあたりってどうなんですか?

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太田 やっぱり、ちょっと特殊な世界のものというか、同人的なものなのかなという見方はありますね。あとは、そういう嫌儲な人達がいたりとか、お金に対しての彼らの考え方もあるだろうし、これだけ色々なフリーペーパーがある時代にUGC発のものが商品になったとき、はたして買うかな? という疑問は残ります。本当にビジネスになるのかどうかという。

 私はアーティストと付き合って、その才能を一緒に伸ばしていこうというマネジメントという立場にあるので、「UGCのクリエイターと何かできるかも」という気持ちはあるんですよ。それに、ソニー・ミュージックアーティスツの場合は出版機能もあるので。でも同時に、どういうアウトプットのあり方が良いのかが分からないというのが正直な気持ちです。実際、CDにするのがいいことなのかどうなのかとか。CDは出てますけどね……。

吉川 逆に初音ミクみたいなものに拒絶反応があるわけでもないんですか?

太田 別にそれはないと思いますよ。音楽業界って結構「好き勝手やれば?」という世界なので(笑)。

UGCの人気作家の特徴は

津田 「みくみくにしてあげる」って、パッと聞いた印象は、音質はあまり良くないし、曲調も古くさいプリセット音中心のトランスだなと思うんですけれど、サビのあのキャッチーなメロディーとか、ニコニコで「参加」しやすい歌詞の強さとか、やっぱり受けたのにはきちんとした理由があるなと思いますね。音楽って別に演奏がうまかったり、音が良かったりとかだけじゃないし、あいまいなものだから、そこに人が思い入れできる余地があれば、多くの人の心をつかめるんですよね。

 それは「CDは売れないけれど、ライブは盛り上がっていること」と表裏一体だと思うし、「みくみくにしてあげる」が盛り上がったのは、既存のきちんときれいな形でパッケージされていたものとは違う価値が、いっぱい付加されていたからだってことなんでしょう。でも、それを既存の産業の中にいる人は理解できなくて当然だとも思うし、全部が全部同じ方法論で音楽を盛り上げていく必要はないと思うんです。

太田 例えば、既存のレコード会社とかなら、新人発掘のセクションがあってライブを見に行ったりしますよね。まずバンドメンバーにコンタクトして、色々話をして、だんだんと自分のところにひきつけて、「今度こういう風にした方がいいよ」「曲の感じや並べ方はこういうのがいいんじゃないの」みたいな話をして仲良くなって、育成契約や仮専属みたいなものをする。それで最終的にレーベルが決まったら、専属契約を結んでメジャーデビューしますみたいなことなんですけれど。

 でも、UGCの世界はもっと動きが早いじゃないですか、クリエイターの成長も含めて。だから、これまでの発掘部門が見るというようなシステムじゃないんだろうなと。個人的に好きな人が勝手に突っ走ってやるのかなと思ったりはするんですけどね。今までのやり方では追いつけないだろうなと……。

栗原 場として全然違うというか、作品ベースで比べてもあまり意味がないというか。

津田 楽しみ方も違うということなんでしょうね。

栗原 ソフトウェアの世界で、オープンソースの世界と、有償の商用ソフトウェアの世界とがあるのと同じようになるのかな。それぞれ共存して、お互いがいいとこ取りをしていったりという。極端な話、高価なソフトよりもオープンソースのソフトの方が質が良いこともあって、そうすると品質の悪いソフトはどんどん淘汰されていくわけですから。良い競合関係ですよね。ロングテールの世界の話とヘッドの世界の話って、なにかそういうのがあるのかなという気がします。

モデルケースとしての「コミケ」 音楽なら「ライブハウス」

津田 そういうUGCの音楽を考えるときに、モデルケースとして一番分かりやすいのは、たぶん同人だと思うんですよ。あの漫画のコミケですね。

 コミケというのも30年ぐらいの歴史がある訳ですけれど、その中では当然、著作権問題という大きなテーマを抱えていた。結果的に出版社はあれを黙認することで、漫画市場を大きくさせて、漫画家の狩り場にしていった。

 クリエイターは、やはり作るだけじゃなくて、作品を発表できる場が多くあった方が成長できる機会が増えるわけですから、実験市場としてのコミケが大きくなっていったことで、漫画雑誌の編集部がコミケに行って、そこで作品の持ち込みを受けたりして、著作権法を超えたところで共存するようになってる。

 たぶん音楽にとってのコミケって、ライブハウスだったんでしょうね。昔も今もライブハウスですごく客が集まっていて、人が集まっているからレコード会社のディレクターも見に来て「こりゃいいや、育てよう」みたいなプロセスがあった。ただ、コミケはライブハウスなんかよりも集積の力がとてつもなく大きかったので、ライブハウスとは違って、単独の経済圏として成立するようになった。

 きちんと現実の経済と折り合いを付けてやってるし、漫画家にとっても「メジャー誌で書かなくても同人で食えるんだったらOK」みたいな選択肢が増えた。だから、音楽の話でいえば、ニコニコ動画みたいなUGCサービスでミュージシャンが単独で食えるような経済圏を作ってくれれば理想的なのにな、と思いますね。ただ、現実の音楽業界とネットのこういう動きは、まだまだ距離がありますけれど。

“才能の無駄遣い”はいい? 悪い?

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