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第1章-1 哲学の子と科学の子人とロボットの秘密(2/2 ページ)

» 2009年05月18日 16時44分 公開
[堀田純司,ITmedia]
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人工知能研究の黄金時代

 人間を機械で再現する。この試みに立ちはだかる最大の難関は、人間の脳の機能を機械でシミュレートしようとする人工知能、AI(artificial intelligence)の実現だといっていいだろう。

 AIの開発は、いまだ道のりは遠く、その実現のゴールがどの方向にあるのかさえ、まだ見えていない。

 『鉄腕アトム』の生みの親、手塚治虫氏が、最初アトムの誕生日を2003年に設定していたことは広く知られているが、現実の歴史の2003年当時、機械の体はまだしも、アトムに搭載されていたようなAIは実現していなかったし、現在もまだ、その可能性すら見えていない。

 人工知能の研究は1950年代のアメリカではじまった。

 手塚治虫氏が漫画『鉄腕アトム』の発表をはじめたのも、同じ時期。この「アトム」の作中の設定でも、ロボット開発の先駆けは現実と同じようにアメリカとされていた。

 “手塚ロボット開発史”では1980年頃にアメリカのワークッチャー博士がついに大型のロボットを発明したと設定されている。それを日本の猿間根博士が改良し、以降次々と人工皮膚やマイクロコンピューターが発明されてヒューマノイドが実現、2003年にアトムが誕生することになっていた。

 現代からするとこの歴史はとても楽観的な予測だったわけだが、しかしそれも無理もなかったのである。

 1950年代の当時、「考える機械」の実現は「できるか、どうか」という可能性の問題ではなかった。それは「いつできるか」という時間の問題だと考えられていたのである。

 たとえば初期の人工知能の研究者、アレン・ニューウェルとハーバート・サイモンは、人間の思考過程を論理記号操作としてシミュレートする研究を行い、1956年に「ロジック・セオリスト」というプログラムを開発。このプログラムは難解な数学上の定理を証明することに成功した。

 しかもその中には、人間よりも上手く証明したものもあった。彼らはこの輝かしい成果にもとづいて「近い将来に思考する機械は実現する」と予言していた。

 このように、当時は「不完全な人間にできることが、有機生命よりもはるかに正確で精密な機械にできないはずはない」と考えるムードがあったのである。

 そして人工知能が実現した暁には、それは感情に左右されがちでデータの容量もごく小さい人間の頭脳よりも、はるかに正確な思考と判断を実践することができるだろうと予測されていた。

 『2001年宇宙の旅』(68年)に登場するHAL9000や、安部公房氏の小説『第四間氷期』の予言機械、『新スタートレック』(87年)のデータ少佐のようなイメージである。

 コンピューターの中のプログラムで知能をシミュレートしようとした初期の「人工知能」研究を振り返ると、そこに暗黙の了解に基づく人間観があったことがわかる。それは「肉体」に対して、「心」が、独立した機能として存在するというデカルト的な心身二元論の前提。「心はそれそのもので心として存在する」という前提だ。

 確かに私たちは日々、素朴な実感として、自分の中に意識という実体が機能していると感じている。初期の人工知能の研究者はまさにこの実感にしたがって、コンピューターと

いう閉じた箱の中に、この意識を宿らせようとした。

 しかしそうした、かつての“黄金時代”の試みは、人間と会話するプログラムや、エキスパートシステムの開発、人工知能開発を目的として掲げるベンチャー企業の隆盛など、さまざまなトピックスを迎えながらも70年代、80年代と、時代を経るごとに過去のものとなっていく。

 確かに機械は、限られた機能では生物がとても太刀打ちできないすばらしい成果を上げた。しかし一歩研究室を出て現実世界に置くと、機械は小さな子ども程度の汎用性すらも実現できなかったのである。

→次回「第1章-2 「アトムを実現する方法は1つしかない」 松原仁教授が語る未来」へ

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堀田純司

 ノンフィクションライター、編集者。1969年、大阪府大阪市生まれ。大阪桃山学院高校を中退後、上智大学文学部ドイツ文学科入学。在学中よりフリーとして働き始める。

 著書に日本のオタク文化に取材し、その深い掘り下げで注目を集めた「萌え萌えジャパン」(講談社)などがある。近刊は「自分でやってみた男」(同)。自分の好きな作品を自ら“やってみる”というネタ風の本書で“体験型”エンターテインメント紹介という独特の領域に踏み込む。


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