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第2章-3 アンドロイドが問う「人間らしさ」 石黒浩教授人とロボットの秘密(2/2 ページ)

» 2009年05月22日 15時06分 公開
[堀田純司ITmedia]
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 人間はコンピューターを理解するために脳を進化させてきたのではなかった。人間は人間を理解するために、脳を、五感を進化させてきたのである。だから、人間は人間を理解するための脳を持っているがゆえに、みな究極的に「人間とはなにかを知りたい」という欲望を持っている。「自身の研究もまた『人間とはなにか』を知りたいからやっているのだ。人間と関わる機械の本質的な問題を調べたい。そのためには『人間とはなにか』という問いについて答えを持っている必要があるのだ」と教授は語る。

 確かに、もし技術で完璧に模倣できたとしたら、そのときには人は人間の秘密について完全な答えを獲得しているはずである。そして、その秘密を解き明かす過程では、いくつもの有益な技術が生み出されていることだろう。

 かつて人間は「月に行く」という目標を掲げた。その達成の過程では多数の有益な技術が生み出されたが、「人間を完璧に模倣する」という目標もまた究極の人間理解をもたらし、その過程で開発された技術は人間に役立つものになるはずである。

 石黒教授は「人間は肉体を解放するのが早すぎたかもしれない」と語っている。この言葉はなにを意味するのだろうか。

 人間は技術の発達にともない、人の機能を次々と機械で代替させてきた。そうした試みの行き着いた先に、どの機能が最後に残されるだろうか。それはコミュニケーションである。この機能だけは機械に代替させることができないのだ。

 ネットワークや物流が発達するにしたがって、人口はどんどん地方に拡散していくことになるだろうと考えられていた。しかし現実の現代社会では、大都市への人口集中が激しくなっている。これはある意味で必然であり、人間の最後の役割、コミュニケーションを果たすために、人間の肉体が都市に緊密に集まっているのだといえる。

 しかし近年、仮想世界の技術が急速に発達し、人のコミュニケーションから肉体を不要にしてしまった。ネットワークゲームにどっぷりとはまった結果、人間が自分の肉体を確認する究極の手段である生殖や食ですらとことん希薄にしてしまった人を、ゲームの世界ではネットゲーム廃人と呼ぶが、こうした人々の登場は、肉体を解放しつつある時代の訪れを象徴しているといえる。しかしなぜ「早すぎた」のか。

 教授は、一足早く仮想世界の技術が進歩してしまったため、技術の発達にかたよった渦ができていると指摘しているのである。

 哲学者、ヒューバート・L・ドレイファスは1972年に著書『コンピューターには何ができないか:哲学的人工知能批判』(原題『What computers can,t do;a critique of artificial reason』)を発表し、1950年代に研究がはじまって以来、当時バラ色の予測につつまれてきた人工知能研究について強く批判した。第1章で松原教授が語った「人工知能の研究者は月に行こうとして木に登っている」という比喩は、この人が残した言葉である。また、人工知能の研究を錬金術になぞらえたことでも、しばしば引用される人でもある。

 辛辣な言葉で人工知能の研究史に名前を残した人だが、その批判はけっして非生産的な批判ではなかった。彼は、閉じたゲーム的小世界での実験は、人が世界で行っている活動とはまったく異なるものであると指摘したのである。

 そのアプローチの限界に気がついた少なくない数の研究者は、ドレイファス氏の批判を受け入れ、初期の人工知能の研究は、世界とコミュニケーションする主体としての体を持った「知能ロボット」の開発へとシフトしていった。

 この経緯は、本書で何度もふれたが、だが、この知能ロボットが実現するより早くネットワークと仮想世界の技術が発達してしまっている。そして次々と人間と仮想世界を結びつける強力なツールが登場。その結果、現代では人間のコミュニケーションはどんどん突出して仮想世界へと移行しはじめている。

 この技術のアンバランスを解消するためには仮想世界に肉体を与え、逆に仮想を物理空間へと結びつける技術が必要だ。それがアンドロイドの技術なのである。

 これが、教授が人間そっくりのアンドロイドを研究する明快な理由であり、未来のヴィジョンである。

 この章では、人間にとって最高のインターフェイスを構築するために人間を研究する、「究極の人間理解」としてのロボット開発を取り上げた。次章では、芸術理論を機械に適用するデジタルヒューマン研究センターの中田亨(なかたとおる)博士に取材する。そして実感としては「わたし」のすべてである言語による思考が、実は「わたし」のごく一部分なのかもしれないという領域に踏み込む。

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→次回:第3章-1 子どもはなぜ巨大ロボットが好きなのか ポスト「マジンガーZ」と非記号的知能

堀田純司

 ノンフィクションライター、編集者。1969年、大阪府大阪市生まれ。大阪桃山学院高校を中退後、上智大学文学部ドイツ文学科入学。在学中よりフリーとして働き始める。

 著書に日本のオタク文化に取材し、その深い掘り下げで注目を集めた「萌え萌えジャパン」(講談社)などがある。近刊は「自分でやってみた男」(同)。自分の好きな作品を自ら“やってみる”というネタ風の本書で“体験型”エンターテインメント紹介という独特の領域に踏み込む。


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