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第5章-1 ガンダムのふくらはぎと「システム生命」人とロボットの秘密(3/3 ページ)

» 2009年06月01日 17時13分 公開
[堀田純司ITmedia]
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「この壁を突破するためには、生物に学ぶべきである」と吉田教授は提起する。生命、自然システムには40億年をかけて進化してきた適応の情報が蓄積されている。しかし機械、人工システムには、設計者が想定していない情報はまったく組み込まれていない。人とより豊かに相互作用していく人工システムを設計するためには、生物にならってシナリオベースではない設計論、自然システムの遺伝子に対応するものを機械に組み込む発想が必要ではないか。

 なぜならば、生物は、“シナリオベースでは動いていない”からだ。生物は「if 〜, then 〜」というルールの集積で動いているわけではないのである。これが機械の生命化、システム生命の概念だ。

動物はシナリオでは動いていない

 吉田教授は、この発想をイギリスのグラスゴーで行われたスマートマテリアルの学会の帰りに、飛行機の中で「はっ」と思い当たったのだという。

 教授は、1990年に宇宙科学研究所(現・JAXA宇宙科学研究本部)や東京医科歯科大の研究者の人たちと協同してスポーツ工学研究会を立ち上げていた。そうした分野横断的な背景から得た発想が、システム生命の概念だった。その根本を教授は、このように語る。

画像 豚の足の関節を、膝の下で切断すると、骨はとりあえず体重を支えるようにくっつく

 東京医科歯科大の研究者に教えてもらったのですが、豚の足の骨が関節のすぐ下のところで切断されてしまった場合、どのようにくっつくと思いますか。そうした場合、骨はとりあえず加重に反応して、体重を支えることを優先してくっつくそうなんです。

 動物の骨の遺伝子は「こうした怪我には、こう修復しなさい」という情報を持っていないらしいんです。あるイレギュラーな条件が発生したら、こう解決せよというシナリオを持っているわけではない。そうではなくて「骨とはまず体重を支えるものだ」という原理原則だけを持っていて、その原理にしたがって加重に反応し、とりあえず体重を支えるように骨はくっつく。

 体重を支えることを優先してくっついてしまうと、実は関節は回転する機能を失ってしまいます。しかしまずくっついて体重を支えることのほうが、豚が生存していく上で優先度は高い。豚の生存に結びつくんです。こうした柔軟さが自然システムにはあります。

 これは非常におもしろいと思いました。

 骨は「骨はこうあるべきだ」という原理原則を持っている。一方、我々がつくる機械は逆にぜんぶ「if 〜, then 〜」というシナリオに基づいて設計されています。そのかわりに、機械は存在の原理原則を持っていません。しかしそのために、機械は設計者が想定しなかった事態には対応することができないんです。

 生物の場合ならば「とにかくなにか違和感がある」というようなあいまいな情報にしたがってでも行動できるでしょう。しかし「if 〜, then 〜」のシナリオベースの設計だと、原因がわからない事態には対応できなくなるんです。

 たとえば、道案内を行うロボットをシナリオベースで設計するとして、そのロボットが老人や病気の人と接触した場合を想定し、どんなに暴走しても大丈夫なようにモーターの出力を30ワットに抑えたとする。しかし実際にロボットを運用した場合、30ワットでも危険な状況はありえるはずだ。

 アルゼンチンの作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの小説に「ある国の地図を精緻に描こうとしたら、それは現実の国そのものと同じ大きさになってしまった」というエピソードがあるが、あらゆる事態を想定してシナリオを決めておくことは結局、世界そのものを描くことになり、現実的には難しいのである。だからあらゆる事態を緻密に想定して、現実の物理空間でロボットを稼動させるだけのシナリオをつくりあげるのではなく、まず「ロボットは人を押してはいけない」という存在の原理原則をロボットに与えるところからはじめる必要がある、と吉田教授は指摘する。生物が、まさにそのようにできているのだ。

 ここでSF作家、アイザック・アシモフが、ロボットを主題にした小説群で描いた「ロボット3原則」を思い出された人も多いだろう。あの小説の場合も、シナリオでロボットの行動を決めるのではなく「ロボットは人間に危害を加えてはならない」といった存在の原理原則、アイデンティティを機械に与えることでパートナーロボットを実現していた(そしてそのアイデンティティのゆらぎが描かれた)。

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→次回:第5章-2 機械が生命に学ぶ時代 吉田教授の「3つの“し”想」

堀田純司

 ノンフィクションライター、編集者。1969年、大阪府大阪市生まれ。大阪桃山学院高校を中退後、上智大学文学部ドイツ文学科入学。在学中よりフリーとして働き始める。

 著書に日本のオタク文化に取材し、その深い掘り下げで注目を集めた「萌え萌えジャパン」(講談社)などがある。近刊は「自分でやってみた男」(同)。自分の好きな作品を自ら“やってみる”というネタ風の本書で“体験型”エンターテインメント紹介という独特の領域に踏み込む。


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