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観測するまでは不定である難波弘之 対 野尻抱介(3/5 ページ)

» 2010年11月03日 15時44分 公開
[杜松百舌,ITmedia]

野尻 等身大のミク作ったひとがいるんですよ。確か大学生で。下宿の一室で一生懸命、2年間かかって服まで全部縫って。

※みさいる氏による等身大ミク。【等身大】初音ミク作ってみた【01_balladePV】

杜松 もう髪の毛も染めるところから。

野尻 髪の毛は絹糸を染めて、あの長いツインテールのかつらまで作って。顔の表情も動かせるようになっている。この巨眼がちゃんと開け閉めできて。口も開いて、歌も出せる。のどの部分にスピーカーが入れてあるんですよ。身長158センチのそういうものを作って。それを京都のイベントで展示しようということになったんですが、どうやって運びましょうかと。発泡ウレタンかなんかでできてて、だからそーっと扱わないといけない。ものすごく弱いんですよ。最初、新幹線乗せましょうかとかいってたんですけどね。いやさすがに新幹線にこれ乗せるのはちょっとつらい、っていうことになって車で運びました。

杜松 車の助手席に座って、自分の髪の毛をマフラーみたいに巻いてましたよねあのミク。

野尻 そうそう。

杜松 あれはかわいかった。ちょこーんて。

難波 職質受けそうだなでもなんか。

野尻 結局レンタカー借りて、行きは後ろの席に座らせて、横でずーっと作った人がつきっきりで首を支えたりしながら運んだっていう。等身大ミク輸送大作戦。

難波 それすごい。京都の何の展示だったんですか?

野尻 ニコニコ技術部っていう、電子工作系やる団体の発表会みたいのがあったんですね。春日神社っていう神社の一角の幼稚園だか保育園を借りて展示してたんですけど。でもねーやっぱり、等身大っていうのはすごいですね。いざ実際に向きあってみると、すごい存在感があるんですよ。

 椅子に座らせてあるわけですよ。で、座ってるのは等身大なもんだから、普通に人間が使う家具にそのままで置き換えられるというか当てはめられる状態でミクがどーんと存在している。虚構と現実のインタフェースになってるんですよね。そこだけなんかこう、虚構が切り取られてぱっと空間が切り替わる感じ。ああ、なかなかいいもんだなあ、1/1、等身大っていうのは大事だなあと。ちょっとやばいなあとか思いながら見てるんですけどね。

難波 ヤバイ?!

野尻 こういうのに誘惑されちゃうとなんか大変で。

松尾 ピュグマリオンの世界ですね。産総研の未夢・HRP-4Cも、頭部だけで1000万円かかるそうなんですよ。で、こないだ「ぼかうお」っていう新しい技術で人の顔の、歌う時の動画をとって、その特徴点を捉えて、ボーカルもそのリアルに表現するのと同時に、筋肉をモーターにコマンドを送り出してその表情もリアルに再現する技術なんですけども、ところが口をすぼめる、口の横の部分のモーターがないんですよね、だから「う」と「お」の違いがちゃんとでない。で、それをやろうとするとその1000万にさらに何百万かかかる(「美少女ロボ「HRP-4C未夢」と「ぼかりす」を結ぶ産総研内コラボ「ぼかうお」とは?)。

野尻 「キングコング」のリメイクの時も、問題になったんですよね、それ。リメイクで80年代くらいにあったじゃないですか。今はなき世界貿易センタービルの上に登って戦うというキングコングなんですけど。檻を破って出る時には等身大のキングコングの模型を作ったんですね。でも、結局その表情がぎくしゃくしてて、まさにその口をすぼめる動作、猿がよくやるあの動作ができない。手足の動きも鈍かったし。だから映画ではほとんど一瞬しか使われてないんです。要は、その部分は失敗だったんですね。

杜松 機械の正確さをもって歌が歌えるものが出てくると、必ず出てくるじゃないですか。機械に人間が駆逐される、という文脈の反発が。ボカロでも実際にもう人間の歌い手なんかいらなくなるんだ、みたいなのはよく見ますし。でも現実はそうやって、口をすぼめることができないっていうくらいにまだか弱い存在なんですよね。等身大ミクも大事に大事に扱ってやらないと、座ってることすらできない。ある種の恐怖のような慣れ親しんだSF的フィクションと、意外とひ弱な現実の、この距離を楽しんでるような部分がありますね。

松尾 電圧のささいな変化に影響されて音程が変わってしまうようなシンセサイザーとかメロトロンとかが、それでもミュージシャンユニオンからは、これでうちらの仕事がなくなる、みたいな攻撃を受けるのと似てますね。

難波 そうそう僕もシンセをスタジオに持って行って嫌味言われたことありますよ、80年前後でね。「あーその機械持ってくると俺たちいらなくなっちゃうんだろー?」みたいなことを。大体体育会系のブラスの人たちとかに言われる。

野尻 はあー。

難波 またそれでね、挑発するようなことをね、都倉(俊一)さんとかが言うもんだからね。「そーだよお前らとやってるより全然いいよこっちの方が!」とか言うからね、また余計に。「からかっちゃだめ!」って。

※都倉俊一:言わずと知れた作曲家。JASRAC会長に就任したばかり。

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