考えてみるとコンテンツ産業でも、ユーザーニーズに近いところにいる分野ほど、元気なのではないでしょうか。ライトノベルの世界は書き手と読者の距離が非常に近いです。実用書も、ある意味近い。
さらに言ってしまうと、同人分野に目を向ければ、そこはもはやユーザーと販売側の距離がゼロ。同人誌を数千部売る人は珍しくありませんが、利益率は既存の商業よりはるかによいでしょう。先日、メジャーレーベルからデビューした新人のイニシャルプレスが50枚だったというニュースが流れましたが、すでにファンを持っている人ならインディーズのほうが分がいい、という話は、2000年代前半から言われてきました。実際問題、コミケでお客さんに直接、手売りされる同人CDは、商業流通するよりも売れるものもたくさんあるはずです。
また、同人からプロの漫画家になる人も多くいらっしゃいますが、こうした人の中には、ユーザーとゼロ距離の同人出身であるという強みを、自分でも知っている人が少なくないと感じます。かつてのケータイ小説も書き手とユーザーがの距離がゼロで、それが強みとなっていました。
メイカーズの台頭もネットワークや3Dプリンタのような技術の展開と不可分ですが、デジタルテクノロジーの発達は、「かつては企業しか持たなかった手段を、一般にまで広げた」という意味において、こうした波を強力に加速してきました。近年、新たな販売スキームとして有料メールマガジンが台頭していますが、これはもはやコンテンツの製造小売り業以外のなにものでもない。そしてさらに、電子書籍の登場と(今後の)市場拡大は、よりいっそうの作家の「ユニクロ化」(注1)、つまり「製造小売り業化」をうながすのかもしれません。
ただ、今後の展開を考える上で難しいのは、書物というものはどうやら、ただただユーザーニーズだけを追いかけるマーケットインの発想だけではダメなものらしい。一度は成功してもなかなか後が続かない。かといって「俺の書きたいものはこれじゃ。これなんだよ」というプロダクトアウトだけ追求しても、“自己満足”という名の果実が実るだけです。皆様もそうした例は日々ご覧になっていることでしょう。私も、いっぱい見てきました。自分の本棚の自分の本を置いてあるコーナーに。
「ニーズ」と「書きたいもの」を一致させることができる人が天才と呼ばれるのでしょうが、そんな人はなかなかいません。そうすると、今まではできなかったレベルで細かいユーザーのニーズを掘り起こし、それと書き手を結びつけるツールとなることが、電子書籍に求められる重要な使命となるのかもしれません。それはプローデュースという機能が今後重視するべき営みでも、あるのだろうと思います。
注1:社風や離職率の話ではありません。
堀田純司 1969年大阪府生まれ、作家。出版社を介さずに、書き手が直接読者に届ける電子書籍「AiR」(エア)では編集係を担当。講談社とキングレコードが刊行する電子雑誌「BOX-AiR」では、新人賞審査員も務める。著書に「僕とツンデレとハイデガー」「人とロボットの秘密」などがある。近刊は「オッサンフォー」。Twitter「@h_taj」
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