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児童ポルノ禁止法改定の真の目的は何か? 単純所持禁止、マンガ・アニメ「調査研究」への懸念(2/3 ページ)

» 2013年05月27日 16時00分 公開
[幸森軍也,ITmedia]

 たとえば、宮沢りえの「Santa Fe」が該当する可能性があるといわれていたり、映画では大林宣彦監督の「転校生」が児童ポルノになるかもしれないという。浮世絵など歴史的なものの中にも相当するものもあろう。将来、この規定がマンガに適用されると鳥山明の「ドラゴンボール」すら児童ポルノになる可能性がある。

 この罰則は改定案要綱の「第5 その他 (1)施行期日」にわざわざ「本法施行日から1年間は、適用しない」とあるから、該当するであろう児童ポルノを1年以内に破棄せよと命令しているのだ。しかも単にゴミに出せばよいというわけではない。ゴミとして捨てると、児童ポルノの提供と見なされるかもしれない。シュレッダーにかけたり、燃やさなければならないのだ。ネットサーフィン中にうっかり児童ポルノサイトにまぎれこんだり、もしくはこうしたサイトへ誘導するバナー画像などがWebブラウザのキャッシュに残っていたり、迷惑メールの添付ファイルに該当する画像があったりするかもしれないので、HDDも初期化したほうがいいだろう。

 21世紀の文明社会で、古代に行われた焚書を強要しているのである。文化的価値は時代時代で変化する。現在では無価値(もしくは違法)と思われているものが後世に見直されることがあるのは歴史が証明している。文化遺産を消滅させることの愚かさについては論を待たない。

 あるいは美術品は除外するというかもしれないが、今回の改定案がどうやらマンガを美術品とおなじ扱いをする気がないのは、のちに述べる(6)で「漫画、アニメ、CG、疑似児童ポルノ」と書かれていることからわかる。図書館の本、少なくとも漫画喫茶あたりに保管されているマンガ単行本や雑誌は破棄されることが予想される。

 それだけではない。2009年の法務委員会では「篠山紀信さんにもネガごと捨ててもらう」との議員による発言があったように、マンガだと原稿も燃やせというだろう。すなわち、マンガ、アニメ、ゲームなどに児童ポルノ禁止法の適用を広げることで、本来の目的である「性的虐待から児童を護る」を逸脱して、「表現規制」「文化財破壊」になるのだ。

 わたしたちは憲法21条で「表現の自由」を保証されている。これは第2次世界大戦下の言論統制への反省から設けられた。被害者のいない創作物にまで児童ポルノ禁止法の適用を広げることは、児童を守るという美名の下、表現規制を目指している法律と邪推されても仕方なかろう。「政府を批判する者を投獄する」まであと一歩である。

表現規制を目論む一方で「クールジャパン」

 2010年に東京都の青少年健全育成条例が改定された。「非実在青少年」なる奇妙な造語で批判を浴びたのは記憶に新しいだろう。この条例ももとより「青少年の健全な育成を図ることを目的」としている。このために青少年に(都の考える)エロマンガを店舗で販売できないようにする販売規制を盛りこんだ改定案が10年改定であった。(なのでマンガ同人誌は対象外だった)

 そもそも出版業界では日本雑誌協会、日本書籍出版協会、日本出版取次協会、日本書店商業組合連合会で作る出版倫理協議会という自主規制団体が1963年からあり、その時々に世論の要望を受けて「成年コミック」マークやコンビニエンスストア等で売られている成人向け雑誌に「シール止め」などを行ってきた。従って青少年が容易に成人向け雑誌やマンガ単行本を買える環境にもともとなかった。にもかかわらず、「学校などでは成人向けの雑誌やマンガ単行本がまん延している」として改定を強行した。だいたいそのような雑誌などは、一般の雑誌やマンガ単行本に比べて発行部数が少ない。尾田栄一郎の「ONE PIECE」ならともかく、「まん延」などするわけがない。

 事実、もともと改定する必要などなかったためか、創作者の萎縮によるものかはわからないが、改定された青少年健全育成条例は7月1日で施行から2年になるものの、施行後に新基準(「刑罰法規に触れたり婚姻を禁じられている近親者間の性行為を不当に賛美・誇張した作品」)に基づいて「不健全図書類」に指定された書籍は1冊もない。だが今回の児童ポルノ禁止法改定がマンガなどに適用されれば、販売規制だった都条例とは異なり、マンガ同人誌とその原稿も摘発の対象になる。

 この都条例改定に対して、マンガ家とマンガ出版社は都主催の「東京国際アニメフェア」への参加を見合わせたが、これを意趣返しととらえられたようだ。けれどもそうではない。権力側が問答無用でマンガを規制すると、創作者の萎縮効果で創作の基盤が弱くなり、良質なマンガ作品すら生まれてこなくなる。全てのアニメ作品がマンガを原作とするものではないが、日本からマンガ作品が失われるとどのようになるかを権力者に知ってもらいたかったわけだ。

 翌11年には不幸にも東日本大震災が発生し、アニメフェア自体が開催できなかったものの、2012年もおなじ状況でアニメフェアの来場者数が数万人単位で減った。ちなみに2013年からは読者、視聴者のためを考えて(改定を推進した石原慎太郎前知事が退任したためでもあるが)マンガ家とマンガ出版社は従来通りアニメフェアに協力している。

 児童ポルノ禁止法がマンガ、アニメの表現規制を目論む一方で、経済産業省は「クールジャパン」などと称して積極的にマンガ、アニメを推進している。しかし表現規制されればマンガ家やマンガ出版社がどれほど協力したくとも、自然と東京国際アニメフェアが窮地に追いこまれたようになるのは明かである。国の方針としてどうしたいのだろうか。

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