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2016年10月19日 08時53分 UPDATE

“廃虚モノレール”まるで古代遺跡……「文化財」として再評価、解体工事にファン殺到 (1/5)

わずか8年で運行ストップした「姫路モノレール」は近年、「文化財」や「土木遺産」として再評価しようという機運が高まりつつある。

[産経新聞]
産経新聞

 ビートルズが来日した昭和41(1966)年。兵庫県姫路市で開かれた「姫路大博覧会」に合わせて、自治体が運営する初めての市営モノレールが走った。未来の都市交通の手段として期待を背負って登場したが、開業直後から利用客が伸び悩み、わずか8年で運行はストップ。54年に赤字まみれで廃止に追い込まれた経緯から、「負の遺産」として市民から冷ややかな目で見られがちな存在だった。ところが近年、姫路モノレールの持つ価値を見直し、「文化財」や「土木遺産」として再評価しようという機運が高まりつつある。今年で開業から50年。中間駅が入っていたビルが老朽化により解体工事が本格化するなど、ゆかりの遺構が次々と姿を消しつつある中、姫路モノレールの「復権」の動きは果たして軌道に乗るだろうか。(荒木利宏)

画像 姫路モノレール運行当時の高尾ビル。大将軍駅がビル内部に設置されていた(姫路市提供)

現市長の父が導入

 41年に開催された姫路大博覧会の目玉の一つとして導入されたのが、姫路モノレールだった。

 会場の手柄山駅と姫路駅を結ぶわずか約1・8キロの路線だったが、本来は、この区間をテストケースとして同市の臨海部に広がる工業地帯、さらに遠い将来ながら日本海側の地域までモノレールで結ぶという壮大な計画が構想されていたという。

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画像 手柄山駅を発車する開業直後の姫路モノレール(姫路市提供)
画像 運行当時の姫路モノレールと大将軍駅が入っていた高尾ビル(姫路市提供)
画像 当時の国鉄や私鉄の線路の上を通過するモノレール。最小の用地で立体交差が可能な点も導入を後押しした(姫路市提供)

 いまの時代から見ても、無謀とも思える計画だが、構想したのは現在の市長、石見利勝氏の父で、終戦直後の21年から42年まで同市長を務めた元秀氏(故人)だった。市長就任以降、姫路駅と姫路城を結ぶ幅50メートルにおよぶ道路「大手前通り」を整備するなど、今の姫路の都市基盤形成に大きな役割を果たした人物だ。

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