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2017年02月22日 08時30分 UPDATE

「パックマンの父」ナムコ創業者中村雅哉さんの足跡 「幻のゲーム機構想」も (1/4)

ナムコ創業者、中村雅哉さんが91歳で死去した。日本のゲーム市場を初期からリードし続けた故人の足跡を振り返った。

[産経新聞]
産経新聞

 「パックマン」などで知られるゲーム会社、ナムコ(現バンダイナムコホールディングス)の創業者、中村雅哉さんが1月22日、91歳で死去した。中村さんは卓越した経営手腕と社内外から慕われた人柄で、今では日本のお家芸ともなったゲーム市場を初期からリードし続けた。他社の大物経営者との確執や幻のゲーム機構想などを含め、世界のエンターテインメント産業に多大な影響を及ぼした故人の足跡を振り返った。

画像 ナムコ(現バンダイナムコホールディングス)の創業者、中村雅哉さん。「パックマンの父」として慕われた

 「ナムコのゲームに外れなしって言われていたよな」「ファミコン買ったのナムコのゲームをするためだったよ」

 訃報が流れると、インターネットの掲示板には、中村さんを悼むコメントがあふれた。特に、ゲームファンの印象に残っているのは、1980年代のナムコだ。80年に業務用(ゲームセンター向け)に出したパックマンは大ヒットし、その人気はいまに至る。ゲーム雑誌「ファミ通」を発行するカドカワの浜村弘一取締役は「それまでは敵を撃つ『シューティングゲーム』が主流だったが、まったく新しいゲーム性により、世界中で愛された」と指摘する。モンスターから逃げながら、迷路内に並んでいるドット(クッキー)を食べる。「パワーエサ」を食べると一定期間、モンスターに反撃できるというゲームだ。

画像 パックマンのゲーム画面。斬新なゲーム性により、世界中で愛されている

 パックマンの海外での人気は、英ギネスが「最も成功したゲーム機」に認定したことや、米映画「ピクセル」の題材になったことでもわかる。米グーグルは2010年、検索サイトのトップページを一時的に、実際に遊べるパックマン仕様に変更した。経済用語でも、敵対的買収を仕掛けられた企業が逆に株式公開買い付け(TOB)を行う対抗措置を「パックマン・ディフェンス」と呼ぶほど浸透している。

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