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近未来SFマンガ「AIの遺電子」出張掲載 第33話「労働のない街」よりぬきAIの遺電子さん(3/3 ページ)

» 2017年06月29日 07時00分 公開
[松尾公也ITmedia]
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各話解説

 未来における労働はどうなっているか。

 AIの遺電子では、人間もヒューマノイドも、多くの成人がなんらかの形で働いている。これまでのエピソードを見ると、職種としては今とさほど変わらない。ベーシック・インカムによって一定水準の暮らしはできるが、人の労働意欲を削がないよう、産業AIも必要以上に踏み込まないように制限が加えられているので、人間の活躍の場は残されている。超高度AIのコントロールによるものなのだが。

ベーシック・インカム

政府が、全国民に最低生活保障として一定の現金を支給する政策。


 ナイル社は、この物語に何度も出てくる、未来の巨大企業だ。モデルになっているのがAmazonなのは間違いない。ナイル製の円筒形据え置き型コミュニケーションロボットは何度か登場していて、ヒューマノイドや人間たちの悩みを聞き、音声で適切なアドバイスをしている。まるでSiriのように。いや、この場合はEchoかAlexaと言うべきか。

 現代では、国家とは別のレイヤーで、巨大企業によるエコシステムが覇権を争っている。Google、Apple、そしてAmazon。最も勢いがあるのはAmazonだ。

amazon Amazon.co.jp

 最初はワンクリック特許を持っているだけのeコマースサイトだったのが、電子書籍、ビデオ、音楽、無料配送をひとまとめにしたAmazon Primeあたりから、経済圏の強力さが目立つようになってきた。Prime Now対象地域なら、Amazonの配送担当者により、2時間で商品が届けられる。筆者も今日、その恩恵にあずかったばかりだ。

 2カ月ほど前に背骨が折れて、しばらくはPrime Nowが救いの神だった。受け取るのも困難なので、トイレットペーパーをホルダーに入れるところまでやってくれないかと本気で思ったものだ(AIの遺電子の未来でも、トイレットペーパーがあるのは確認)。全てをAmazon様に委ねたい、と。

 そういう切実な実利的理由でなくても、今の自分の生活に違和感を覚えている人、人生の目的を見失った人などのためのコミュニティーを提供する仕組みは、昔からあった。一部の宗教がそれだ。悲惨な形で終わったところも、今も続いているところもある。

 面白いのは、この特区は1つの企業が全てをコントロールしているということ。

 ナイル社の特区では、一定額以上の財産を持っていれば没収されるが、入ってしまえば充実した暮らしが期待できる。コミュニティーに貢献すればポイントがもらえ、ちょっとしたぜいたくが楽しめる。

 出家するときに全財産を寄進する宗教団体と、行動履歴の全てをポイントに換算するサービスとのハイブリッドのようだ。特区では、Amazon GOのように買い物では支払いする必要なくWhole Foods買収でさらに近くなったかも)、自分が何かやったことは、Amazon Mechanical Turkのように誰かの役に立つ。それをコントロールするのもAIだ。

go 「Amazon GO」

 確かにそこではエコシステムが回っているかもしれないが、ナイル社にとって、そこにはどんな利益があるのだろうか。全ての行動データがナイル社のAIの観察対象となり学習され、さらに多くの世界中の人々を「幸せ」にする衣食住の提案に役立っているのだと想像する。

 ユートピアのようにもディストピアのようにも思えるこの世界は、ネットでもリアルでも普段の行動を学習され、ターゲティングされているわれわれから、そう遠くない未来かもしれない。

 ナイル社はこの特区を「新世界」と呼ぶ。オルダス・ハクスリーが苦笑いしそうな、すばらしい新世界だ。

山田胡瓜先生への一問一答

―― 「働きたくないなー」と思ったとき、どうしますか?

胡瓜先生 止めれるときは止めて、飲みに行きます。大概そんなの無理なのでやりますが。そうやって作品が増えていくので、締め切りは偉大です。



作者プロフィール

山田胡瓜(やまだ・きゅうり)

漫画家。2012年、「勉強ロック」でアフタヌーン四季大賞受賞。元ITmedia記者としての経験を基に、テクノロジーによって揺れ動く人間の心の機微を描いた「バイナリ畑でつかまえて」をITmedia PC USERにて連載中。Kindle版はAmazonコンピュータ・ITランキングで1位を獲得した。2015年11月、週刊少年チャンピオンにて初の長編作品となる「AIの遺電子」を連載開始。


(C)山田胡瓜(週刊少年チャンピオン)



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