「近年の科学的発見は、セレンディピティー(予想外の発見)や幸運な間違い、科学的な直感によって生み出されている」と北野さん。これらが重要なことは現時点では間違いないが、“運任せ”という見方もできる。さまざまな最新装置で研究をアシストしても、最後は「これはどうなっているんだろう」と人間が考え、新たな科学的知見を探す必要があるという。
最終的に人間の発想に頼らざるを得ない。そんな「不確定性」をなくせれば、科学を全く違う次元に進化させることができるのではないか――というのが北野さんの考えだ。
そのためには、機械による「研究の自動化」が必要だという。
現代の科学研究は、人間の手作業に頼るところが大きい。例えば、数年前に行われたある調査によれば、生物学に関する論文は年間150万本提出されており、北野さん自身の研究分野だけでも100本程度が日々公開されているという。このような膨大な量を人間が全て処理し、新たな研究につなげることは難しい。実験室での作業もある程度はロボット化も進んでいるが、最後には人間の手作業が必要なため、どうしても取りこぼしが発生してしまう。
また、人間の認知の限界もある。
例えば、同質の論文がほとんどな領域で、違うことを報告している「少数報告」があるような場合。まず何万本もある論文の中から少数報告を見つけることも困難であり、さらにそれが間違いなのか、それともある特殊な条件で起こりうる大きな発見なのかを判断するのも非常に難しい問題だ。
認知バイアスの問題もある。人間は見たものを言葉にした時に、見たものと100%同じ内容を言葉にできているわけではなく、ある程度のずれが生じる。そして言葉を受ける側もその人の文化的背景によって受け取り方が異なるため、話し手と聞き手で理解する内容にずれが生じてくるという。
こういった認知の限界が、生物学に取り組む上で重くのしかかっているというのが北野さんの見方だ。
「人間の認知の限界など、現状の科学が抱える問題をAIで打破するためには4つのキーポイントがある」と、北野さんはいう。
まずは「ビジョン(目標)」。これは明らかで、「ノーベル医学生理学賞を取れる発見をできるAIシステムをつくる」ということだ。
次に「理論」。これまでチェスや将棋、囲碁がそうだったように、AIに大きな仮説空間を“力任せ”で探索させることで、科学的な発見を得られるのでは――ということだ。
そしてそれを実現させるための「プラットフォーム」。北野さん率いるSBIは、生物学分野でばらばらに散っていたデータベースや分析手法をまとめる「GARUDA」(ガルーダ)というプラットフォームを、約10年かけて開発してきたという。
最後に必要なのが「マネジメント」。GARUDAのようなプラットフォームは、1つの研究所や研究グループだけで完結させず、世界中の多くの研究グループと協調して使うことで、より多くのデータや知見が蓄積される。そのため、世界中の研究者が参画できるようなマネジメントが必要になるということだ。
北野さんらが開発したGARUDAは、すでに成果を上げつつあるようだ。
データ分析のため、GARUDAにはディープラーニングのほか、公開されている機械学習の手法をほぼ全て実装したという。これを用いた事例として、東京大学医学部附属病院(東大病院)と理化学研究所と共同で行ったリウマチ患者の自動分類がある。
機械学習によって患者を自動分類すると、いくつかのサブグループができることが分かった。そして、中にはそれらのグループから外れた患者がいることも分かったという。機械による分類には人間のバイアス(偏見)が入っていないため、診断の正確さも上がり、患者それぞれに適切な薬を処方したり、必要な創薬をしたりできるようになるだろうと北野さんは説明する。
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