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「メタバース=スノウ・クラッシュ」で本当にいいの? メタバースはコンピュータの歴史そのものだ(1/3 ページ)

» 2021年09月10日 09時23分 公開
[西田宗千佳ITmedia]

 「メタバース」が話題になることが増えた。VR関連投資の軸がメタバースになってきたからだろう。

 ITサービスで最ももうかるのは常にプラットフォームだ。次世代サービスの「胴元」を目指すのであれば、その基盤になるのは「メタバース」ということになるだろう。

 だが、メタバースという言葉が示すものがどうもぼんやりしているように思う。

 ここで改めて、メタバースの定義を考えてみたい。それは、コミュニケーションの未来を予想することでもある。

この記事について

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メタバースは「コンピュータの歴史」である

 メタバースとは何だろうか?

 その話になると、語源として必ず「SF小説『スノウ・クラッシュ』の中で……」という話が出てくるのだが、もはやそんなことはどうでもいい。

 メタバース的な概念は「スノウ・クラッシュ」以前にもあったし、同時期にも多数あった。たまたま「3D空間をネットワークの中に作り、相互にコミュニケーションしながら経済活動をする」という要素に、シンプルでキャッチーな用語をつけたのが「スノウ・クラッシュ」であり、語源として紹介され続けているにすぎない。

 実際に「スノウ・クラッシュ」を読んでメタバースを開発している人はどのくらいいるのだろうか? むしろ「よくある類似の概念」を念頭に置いている例がほとんどではないだろうか。

photo 「スノウ・クラッシュ」の日本語版は現在流通しておらず、電子書籍化もされていない

 コンピュータの中にあるロジックの世界を別の世界のように描くという発想は、かなり普遍的なものだ。例えば、1982年に公開された映画「トロン」は、まさにコンピュータの中に異世界がある……という描写になっているわけだが、当時は、コンピュータ世界の中で出てくる登場人物は全て「プログラム」という扱いであり、主人公は「物質転送機」でコンピュータ世界に飛び込んでいた。

photo 映画「トロン」

 「トロン」の描写は今見ると素朴に見えるが、数多くある、メタバースを描いたSFやアニメも、実のところ当時とさほど変わっていない。物質転送機がフルダイブ型VRヘッドセットに変わり、プログラムがNPCと呼ばれるようになったくらいだ。

 エンターテインメントにおける「ここでないどこか」を舞台とするやり方は普遍的なものであり、コンピュータとネットワークという新しいギミックは、その時代に応じた使われ方をしてきた……という話なのだろう。

 電子メールやBBSが生まれて以降、コンピュータの用途の1つは明確に「コミュニケーションデバイス」である、という点にある。

 単なるメッセージのやりとりを脱し、コンピュータの中に世界を組み立てそこで過ごすという要素もまた、自然発生的に構築されてきたものといっていい。

 1970年代末には、すでに大学などのコンピュータを使って「MUD」(Multi User Dungeons)と呼ばれるマルチプレイ型のゲームが複数誕生しており、その後PCが高度化・ネットワーク化し、いわゆる「MMORPG」になっていく。「Ultima Online」を含めた原初的な存在意義が「世界構築」にあったのは明確だ。

 ただ、MMORPGは「ゲームプレイとしての商業的価値」を高めるためにワールド・シミュレーションから離れた存在になっていく。敵の取り合いやプレイヤー同士の争い、プレイ時間の点を考えても、自由な世界をそのままネットワーク上に再現することが常にプラスなわけでない、ということも分かってきたからだ。

 一方で、ゲームとしての存在を脱し、コミュニケーション自体を目的とするものも出始める。その1つが一時ブームにもなった「Second Life」だ。「メタバース」という言葉自体が注目されるようになるのはこの頃からでもある。

 現在は「VRChat」のようなコミュニケーションを主体にしたサービスも増えており、人と3D空間内でコミュニケーションをしつつ、生活時間をそちらで楽しむこともできるようになった。

 MMORPGも含め、コミュニケーション空間=メタバースであるならば、「すでにメタバースはある」と言ってもいいだろう。

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