秋葉原のカフェでの出来事だった。「受け取るだけでもいいから」と差し出された名刺には社名も所属も書かれていない。代わりに、ポーズを決めた女の子と「○○担当プロデューサー」の文字。「うちのアイドルをよろしくお願いします」と言って、その人は去っていった。芸能プロダクションの人だろうか。否、あるゲームのファンである。
ファンがプロデューサーを名乗り、互いに名刺交換をしているのは「THE iDOLM@STER」(アイドルマスター)というゲームシリーズ。くだんのやりとりは、筆者が友人に連れられて行ったコラボカフェでの出来事だ。TwitterやGoogle画像検索で「アイドルマスター 名刺」などと調べると、それらしい名刺がたくさん出てくる。
なぜ、そんな摩訶不思議な文化が広まっているのか。あまりにも衝撃的だったため、ファンの1人に話を聞いてみた。何のために彼らは名刺を作り、交換するのだろうか。
話をしてくれたのは「アイドルマスターシンデレラガールズ」に“担当アイドル”(自分が好きなキャラクター)がいるという坂下さん(仮名、20代女性)。彼女によると、ライブなどの公式イベントをはじめ、ファンが集まる場所では盛んに名刺交換が行われているという。「名刺」とはいうものの、実際にはSNSアカウントやハンドルネームなど、あくまでプロデューサーとしての情報に限って掲載。自分自身ではなく、自分の担当アイドルをアピールする側面が強いそうだ。
実際に坂下さんが他のファンと交換した名刺を見せてもらうと、アイドルのイメージカラーや衣装のモチーフをデザインに取り入れるなど工夫が凝らされていた。中には印刷会社に発注して刷る“本格派”もいるという。
しかし、名刺交換とは……。ネットで誰でも発信できる時代に、アイドルをアピールする手段としてはあまりに地道すぎるのではなかろうか。だが、坂下さんは「名刺はきっかけだからそれでいい」という。プロデューサーを名乗るファンたちは、絵を描いたり、動画を作成したりと、さまざまな形で担当アイドルの魅力を発信している。それらを同好の士に知ってもらうきっかけの1つが名刺交換なのだそうだ。
では、なぜアイドルについて自ら発信していくのか。「彼女たちは実在しないアイドルだけれど、あらゆる手を尽くして応援することで、ゲーム内での活躍やグッズ化につながる可能性がある」と坂下さんは話す。
発信のモチベーションの裏には「ゲームそのものへの影響」もあるという。ファンの間で人気が高まり、ゲーム内で年に1度行われる「総選挙」で上位3人に入選すると、そのメンバーが新曲を歌い、CDの発売も決まる。過去には声優が決定していない(声が付いていない)アイドルが上位に入り、ボイスが実装されたケースもあったという。
アイドルが200人近くも登場する「シンデレラガールズ」の総選挙では、上位入選は狭き門。坂下さんが“担当”しているキャラクターはそこまで知名度が高くなく、まだ声が付いていない。声を待ち望む坂下さんにとって「選挙期間はプロデューサーの腕の見せ所」という。
「200人近いアイドル全ての魅力を把握している人はほとんどいない。だからこそ、担当プロデューサーが発信していく意味がある」(坂下さん)
話を聞くにつれ「現実でアイドルについて発信していくこと」は、ゲームで「担当をトップアイドルへプロデュースしていくこと」とぴったりと重なっていくように思えた。その二重性こそが、彼女たちをひきつけてやまない理由かもしれない。
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