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76歳の編集者挑む“科学古典のデジタル文書化”――現役時代に夢見た「科学知識を万人へ」(1/2 ページ)

科学古典が無料で公開されているサイト「科学図書館」の管理人は、かつて出版社で編集をしていたおじいちゃんだった――。13年間デジタル文書化に取り組み続ける、1人の「編集者」を取り上げる。

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 「科学古典が無料で公開されているすごいサイトがある」――こんなネット上での書き込みを見て、筆者は「科学図書館」というWebサイトの存在を知った。


「科学的知識は万人によって共有されるべきもの」とトップに掲げる「科学図書館」

 「科学的知識は万人によって共有されるべきもの」とトップに掲げるそのWebサイトには、北里柴三郎、志賀潔、寺田寅彦、本居宣長、九鬼周造といった日本の科学者・哲学者・偉人や、アルベルト・アインシュタイン、ルイ・パスツール、マックス・プランク、ヴィルヘルム・オストヴァルトなど海外の著名な科学者たちの著作がPDF形式で公開されている。いずれも著作権者の許諾を得て掲載しているという。

科学図書館の新着デジタル本文字を選択してコピーもできる 科学図書館の新着デジタル本(左)、文字を選択してコピーもできる(右)

 その数、500冊以上。PDFは、本をそのまま画像で取り込んだものではなく、組版(くみはん)用のマークアップ言語「TeX」で1冊1冊組版したものだ。実際にPDFを見てみると、丁寧に組版されており、昔の著作でも読みやすい。文章のコピーもできるため、単語の検索も容易に感じた。

 一体誰が作ったのか。Webサイトには本人のプロフィールらしきものもない。Webサイト内にあったメールフォームから連絡を取ったところ、返信があった。なんと、この500冊のデジタル化は、1人で成し遂げたものという。その正体は。

正体は76歳のおじいちゃん

 「私がある出版社で編集者をしていた時、このような叢書(※)の企画を提案したのですが、採算性の問題から却下されてしまいました」――Webサイトの管理者であるM.U.さんはこう切り出した。

(※)叢書(そうしょ)……一度世に出た単行本を集めて再出版したひとまとめの書物

 それ以来、企画自体はずっと温めており、いつか機会があれば実現したいと考えていたという。

 M.U.さんはダイヤモンド社と筑摩書房で編集をしていた。筑摩書房を退職後しばらくしてから、Webサイトを個人で立てられる時代が来た。「これで長年温めていた企画を実現できるのでは」と「科学図書館」を立ち上げたという。

 M.U.さんは1941年生まれ。今年で76歳になる。科学図書館は2004年に開設。63歳から始め、13年間運営してきた。

 中学時代から歴史に興味があったというM.U.さん。大学に入学する頃には特に科学の歴史に興味を持ち、科学史関係の書籍や哲学史を読みあさっていたという。大学の専攻は数学史。そこで数学基礎論を教えていた村田全(たもつ)教授が数学史の研究をしていると知って以来、村田教授を囲んだ小規模な数学史勉強会をしていた――と自らの生い立ちを振り返る。

 師である村田教授の著作を広めたいという思いも、科学図書館には込められているという。村田教授との出会いがなければ、このサイトは存在しなかったのかもしれない。

 科学図書館が叢書の形を取っているのは、「オストヴァルトクラシッカー」という叢書の存在を知ったことがきっかけ。ドイツの化学者ヴィルヘルム・オストヴァルトが1889年に立ち上げ、自然科学に関する重要な古典を集めたものだ。

 オストヴァルトは1909年にノーベル化学賞を受賞した化学者。彼が考案した硝酸の製法「オストヴァルト法」は、高校化学でも習うほど有名だ。高校時代にオストヴァルトの著作『化学の学校』を読んで感心した後、オストヴァルトクラシッカーを知ったことで、「日本でも是非、科学古典の叢書を実現したいと考えていました」(M.U.さん)。

【訂正 2017年8月14日0時】初出時、オストヴァルト著の書名を『科学の学校』としていましたが、正しくは『化学の学校』でした。お詫びして訂正いたします。

 ダイヤモンド社では『数理科学』の編集を、その後、筑摩書房でも初めは数学に関する本を編集していた。だが、会社の方針から思想書や国語の教科書の編集に業務が移っていったと、出版社時代を振り返るM.U.さん。現役時代にやり残した、科学知識の普及という仕事を今、インターネット上で取り組んでいるM.U.さんの姿にまぶしいものを感じるのは筆者だけだろうか。

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